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「そんなことを言う人は三冠王を3回獲れたのかい」“円熟の天才打者”1986年の落合博満【プロ野球回顧録】

週刊ベースボールONLINE

「誰も助けてはくれない」



1986年の落合のバッティング

「今年も三冠王は俺が獲るよ」

 1986年、ロッテ・落合博満は淡々と、されど、きっぱり宣言したが、だからと言って張り切って何かをしたわけではない。「野球は2月1日までやりませんよ」と自主トレは一切せず(そう見えるようにしていただけかもしれない)、バット、ボールに触れることもなかった。鹿児島での春季キャンプに入っても変わらずマーペース。「今さら技術うんぬんじゃないでしょ。バットを自由に操れる体さえつくればいいんだから」と、もっぱらノックやランニングに終始した。

 当初はオープン戦にも出場せず、初めての出場は5試合目の3月1日、巨人戦だった。この試合の先発が左の宮本和知。落合には、もともと調整初期に左投手の球を打つとフォームが乱れるという持論があり、稲尾和久監督に許可を取ったうえで、2打席11球をすべて見送っての2三振で交代。試合後、「俺は俺のペースで調整している。開幕に合せてね」と平然と語った。

 このときのことを後日のインタビューでこう話している。

「あの見逃しにしても、俺だったからまだしも、ほかの若い選手が同じことをしたらつぶされちゃうよ(中略)。だから若い選手が縮こまってしまう。人の目を気にしながらそつなくやっていこうということになってしまう。しかし、そのくらいのことで委縮しちゃうほうもダメだね。周りでとやかく言う人間が自分を助けてくれるわけじゃないでしょう。力が衰えればいつでもクビになるのがわれわれの世界なんだから。自分で責任を持つしかない。だったら、自分のやりたいように、自分のペースでやるのがふつうでしょ」

 インタビュアーだった山際淳司氏は「いけるぞという自信を、オープン戦のころまでにはつかんでおきたがるものだ。それがつかめれば、安心できるじゃないか」と尋ねた。

 これに対する落合の答えは名言だと思う。

「自分は安心して野球をやる気なんてない。不安だらけでけっこうだ。不安を持っていないといけない世界なんだ。バッターボックスというのは安心して立てる場所じゃない。いつだって不安と危険が待ちかまえているんだ。これでぜったい大丈夫ということはありえない。何かつかんだと思ったらすぐ見えなくなる。これでいいと思えばすぐ離れていき、そしてまた見えてくる。ペナントレースの六カ月間はその連続なんだ」

熾烈なタイトル争い


 ただし、序盤は苦しみ抜いた。

 4月6日、開幕の阪急戦(川崎)こそ、7回まで完封ペースだった山田久志から8回に2ランを放ち、順調なスタートを切ったかに見えたが、2号目がなかなか出ない。開幕から10試合を消化した4月23日現在で打率.237、1本塁打、5打点。それでも「1シーズンのうち打てない時期が1週間、10日はあるもんだ。それがたまたま開幕にあたっただけ。騒ぐなって」と言っていた。

 その後も調子が上がらず、5月15日時点では、打率.284でリーグ19位、本塁打4本は16位、打点14は13位だった。しかし、この後、17日の南海戦(平和台)で11試合ぶりの5号、1試合置いた21日の近鉄戦(藤井寺)でシーズン初の2本塁打、さらに31日の阪急戦(西宮)には2度目の2本塁打と一気に巻き返し、5月31日時点で打率.339、9本塁打、24打点まで上げた。のち「本当は苦しかった、腰痛がひどくてね。ただ、だましだましやっていたら、自然と戻ってきたんだ」と振り返った時期だ。

 6月11日の近鉄戦(川崎)では3度目の2本塁打で打点6。「ライト上段まで飛んだ2本目は久々に軽くポンと打った感じ。ああいうのが飛び出せばね」と復調宣言をした。ただし、この時期、西武の秋山幸二がすさまじい勢いで打ちまくり、6月14日時点で、打率.356、20本塁打、61打点で“三冠王”。落合は.346、12本塁打、34打点と打率以外、大きな差をつけられていた。

「いまの俺には打ち損じは期待できない」


 しかし、そこから秋山がまさかの急失速。落合の勢いは衰えず、7月7日に打率、本塁打でトップに立った。ただ、そこから落合が独走態勢に入ったわけではない。打率は阪急のブーマーに抜かれ、一時、2分4厘差をつけられた。本塁打では、落合に11打点差で打点トップの秋山が追撃し、8月31日の南海戦(西武)の35号で並ばれる。ただ、この時期の落合は秋山に対し、「どんどん、打ちなさい」と意に介さなかった。若い秋山への挑発もあったと思うが、同日時点で、西武より残り試合が11試合多かったこともある。

 10月7日からの西武4連戦では8打席四球と徹底して勝負を避けられたが、「ま、俺が監督だったら全部歩かせるね。いまの俺には打ち損じは期待できないからさ」と強気を崩さなかった。ブーマーと競っていた打率も、14日の南海戦(川崎)で、日本球界では初となる2年連続50号本塁打を含む3打数3安打で事実上決着。打点でも116として、全日程を終えていた秋山を1打点抜いた。

 最終的には打率.360、50本塁打、116打点で2年連続三冠王。「優勝に導いてないから価値は低い」という解説者の話を聞き、この男は「そんなことを言う人たちは、三冠王を3回獲れたのかい」と言ってニヤリと笑った。

写真=BBM

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