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磯部正文(HUSKING BEE)- Key Person 第12回 –

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“強く生きよう”という想いを 感じるものが僕にとってのパンク

J-ROCK&POPの礎を築き、今なおシーンを牽引し続けているアーティストにスポットを当てる企画『Key Person』。第11回目のゲストはTHE COLLECTORSのリーダーであり、ヴォーカリストの加藤ひさし。学生時代に自分の人生を変えた衝撃的なレコードのエピソードや、影響を受けた人物、“売れるモッズバンド”を志すに至るまでのルーツを探る。

テレビで観た「リンダリンダ」の 衝撃は凄まじかった

──1994年に結成されたHUSKING BEE(以下、ハスキン)ですが、どんな流れでバンドを組んだのでしょうか?

91年に“東京で音楽をやるんだ!”って決めて上京したんですけど、最初は友達の作り方も分からなかったんです。自分が好きだったのはハードコアやジャパコア、ミクスチャーのバンドなので、新宿のANTIKNOCKや千葉LOOKとかに行ってたんですけど、好きなバンドが解散してしまうこともあって、“次は何を観よう?”って分からなくなった時に音楽雑誌『DOLL MAGAZINE』を読んで、そこで友達募集をしてみたり。

──バンドのメンバー募集ではなく?

メンバー募集のコーナーもあったんですけど、その時はまずは友達募集だと思って(笑)。そこで同じ広島出身の人と仲良くなり、だんだん一緒にライヴハウスに行く中で“Hi-STANDARD(以下、ハイスタ)っていうすごいバンドがいるぞ”って噂を聞いて、初めて観に行ったら度肝を抜かれました。“この人たちは絶対に世界を変える!”と思いましたね。ハイスタがライヴをしている光景は、僕が通っていたライヴハウスと全然違うように観えましたから。ライヴハウスのお客さんは男子が多いはずなのに、そこでは男女半々くらいで楽しんでいるのにもびっくりして。それこそ自分が求めていた音楽というか、ライヴハウスシーンというか、そういうのを感じて自分もバンドをやろうって決意したんです。その頃から自分が遊びに行くライヴハウスで毎度顔を合わす人も増えていき、周りの友達が始めたバンドも観に行くようになった時に知り合ったのがベースのテッキン(工藤哲也の愛称)で。“ベースが弾けるなら一緒にバンドやろうよ”みたいな感じでメンバーを集めて…ハスキンの結成当時は別でヴォーカルがいたので僕はギターコーラスだったり、正式メンバーって感覚もなかったけど、とにかく“やってみよう”ってバンドを始めたんです。

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──磯部さんが初めて作った曲は「ONLY WAY」ですが、初めてメインで歌ったのはどの曲なんですか?

初めてヴォーカルとして歌ったのも「ONLY WAY」です。僕以外のメンバーで曲を作ってる人もいなかったから、自信があるわけじゃなかったんだけど「ONLY WAY」のメロディーを伝えて作って。その一曲と、他の曲はGreen Dayとかのカバーをして下北沢屋根裏に出ていました。

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