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【あの頃のロマンポルノ】第3回:問題作批評:神代辰巳監督の「四畳半襖の裏張り」

キネマ旬報WEB

袖子の動きが激しくなる時はもう深夜に近いだろうか。二人だけの密室の時計は明け方なのだが、くだんの貧農出身二等兵にとっては、練兵場で徹底的にしぼられ、殴られている白昼の時刻だった。各自パラパラのこのような生活の点描は、柚子の性の高揚の経過と関連し合うようにみえるが、決してそこに収敏していくというものではない。

袖子らの情事のうねりに直接的に合わせたエピソードは、掃間びん助の首吊りシーンだけである。

「気の遠くなりかける」ほど取乱しはじめた袖子の性感の高まりに対応して、別の座敷で封間の首吊りがはじまった。

あの快感は首吊りの慌惚感と似ていると、口をすべらせたばかりに耕間は華族のなれの果てのような旦邦に、では実際に首を吊っていい気持になってみよと強請される。このシーンはごく滑稽に喜劇的に描かれたことで、柚子の快楽をいっそう際立てさせた。

一回目の性交が果てて、柚子と信介が眠りこけている時間に、「三月革命」のスチール写真が挿入された。死んだように眠る間にも歴史は動いている。“歴史は夜つくられる”のである。そういえばもうひとつの仮死状態にあったあわれな報間は「三月革命」のあと、蘇生させられた。エロスの高まりと同じ地平に革命を透視しようとする神代の歴史記述は大胆で奔放だ。

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ここで見落してならないのは、「三月革命」の日付けである。革命は大正七年三月のことだった筈だ。しかし袖子の情事は繰返えすが大正七年夏の夜のことだ。日時をバラバラに解体していることはすでに見てきたが、作者は、月単位の長い時間をも編み直して自分の大正史に取込もうとしている。こうして三月の事件が、蚊帳のなかに、た。すっぽりと入り込んできた。

日常性を回復しドラマは終わる

大正七年の出来事を情事の時間に集約した長い夜が終わった。客の信介は「初会」にあられもなく燃えた女のいじましさに魅せられたのか、袖子を落籍して、料亭をもたせた。芸者からおかみへの転進で、時間を無視した大正七年は、現実の時計を取り戻すことになる。性感の揺れ動きのなかにあった幻のような時間記述は、その時から整序された時刻を刻んでいくのである。こうして柚子がおかみになったあとの歴史、つまり「シベリヤ出兵」から花丸のムホンまでは、“現実的事件”として描写される。蚊帳のなかで描いたエロス的歴史は、趣きを変えて、風雲急な時間とけだるい退廃の大正を描いていく。現実的事件としてのドラマは収束されなければならない、というかのように。

夕子と二等兵は相変らず束の間の逢瀬に急がしい思いをする。公用外出のこの二等兵はシベリヤ出兵要員として明日出発しなければならないのだ。男はせわしく抱かれて全力疾走で帰隊していく。あと一組の花枝・花丸。主人の花枝は客がとれず、いわゆるオチャをひいてふてくされ、欲情の処理に未通女である花丸を寝床に誘い込むというようなこともあって、花丸はつくづくこの女主人がいやになる。そこでしきたりを破って「水揚げしてくれる旦那を探してくれ」と袖子に頼み込む。そんな造反は露知らない花枝は、習慣になっているハエ取りに精出している。

ひと夜の長い情事のなかで解体された日常的な時間は、日常性を回復したところでドラマを終えるのである。

恋人たちは濡れた」までの神代の作品にはホモ・ルーデンスのイメージの強い人物たちが多かった。「恋人たちは濡れた」の青年は自分の出生や生存にすら積極的な関心を示さない。母も故郷も拒んで、およそ生甲斐を放棄したところで生きていた。そんな人物のけだるさが、作品に無常観として色濃く投影していた。「四畳半襖の裏張り」も例外ではない。袖子の自分の性で人生を転がしていく姿は、性が高揚すればするほど、青年にみた遊びのけだるさに似たものを帯びてくるのである。

ただ「四畳半襖の裏張り」が他の作品と際立って違うのは、他の作品が雑駁に云えば人を描いて状況を浮彫りにしているのに対し、エロスを通して歴史を記述した点にある。歴史は記述者の恣意によってつくられる。とすれば、佐藤信がエロス幻想に血ぬられた昭和史を書いたように、神代もすぐれてユニークな彼の大正史を持ったといえる。

斎藤正治
「キネマ旬報」1973年12月下旬号より転載

四畳半襖の裏張り』【Blu-ray】

原作:永井荷風 監督・脚本:神代辰巳
価格:4,200円+消費税
発売:日活株式会社 販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング

 

日活ロマンポルノ

日活ロマンポルノとは、1971~88年に日活により製作・配給された成人映画で17年間の間に約1,100本もの作品が公開された。一定のルールさえ守れば比較的自由に映画を作ることができたため、クリエイターたちは限られた製作費の中で新しい映画作りを模索。あらゆる知恵と技術で「性」に立ち向い、「女性」を美しく描くことを極めていった。そして、成人映画という枠組みを超え、キネマ旬報ベスト・テンをはじめとする映画賞に選出される作品も多く生み出されていった。

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