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袴田吉彦「ダウンタウンさんには感謝しかない」不倫自粛と『笑ってはいけない』出演秘話

SmartFLASH

 

 冷たい雨がしとしと降る午後6時、袴田吉彦は傘も差さずに東京・東陽町の商店街を走ってやってきた。取材場所は、カフェバーのような雰囲気のおしゃれな中華料理店「中華&BAR TENSUI」。

 

「この店はフットサル仲間が経営しているんです。彼の実家が40年続いた中華料理屋さんで、その味を引き継いでいます。餃子が絶品なんですけど、僕は五目ウマニ丼の “頭”、ご飯がない上だけをおつまみに、お酒を飲むのが好きです」

 

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 プライベートで、俳優仲間や仕事関係者と飲みに行くことは、めったにないという。「仕事を離れたオフでは、フットサル仲間などの友人が軸になっています」と笑いながら上着を脱いだ。下はTシャツ一枚。47歳には見えない引き締まった体である。

 

「いやいや、最近は、おなか周りに肉がつくようになりました。2020年の春に新型コロナで緊急事態宣言が出されましたけど、そのときはドラマの撮影などが全部ストップ。僕もずっと自宅待機をしました。やることがないので、お酒を飲みながらネット配信の映画を一日に3本くらい観ていました。

 

 自宅待機中の不安ですか? 僕はどうやら不安というものに対する神経が鈍いみたいです。気にしない性格というか。だから、『このまま仕事がなくなるのかなあ』と思いはするんですけど、それ以上は考えない。それに自宅待機というか、自粛は2度めの経験ですからね(苦笑)」

 

 袴田が言う「自粛」とは、2017年1月にタレントとのホテル密会が発覚、同年9月に離婚してからしばらく芸能活動を控えていたことを指している。

 

「とはいっても、あの不倫スキャンダルでの自粛は正直、きつかったです。なんだかわからないけど、恐ろしさをめちゃめちゃ感じて、心臓がつぶれそうにもなりました。

 

 でも、あれをきっかけに僕自身の考え方や行動はすごく変わりました。なにしろ、考える時間だけは、たくさんありましたから」

 

 袴田は、1991年に「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」でグランプリを受賞。翌年に『二十才の微熱』で早くも映画デビューするなど、順風満帆な俳優人生を歩んできた。

 

「デビューから一気に売れてしまい、人間としての成長が追いついていかなかったのかもしれません。振り返ると、いろいろなことを疎かにしていたと思うんです。それに気づくことができました。だから今は、以前にも増して、お仕事をいただけることに感謝しています」

 

 袴田も周囲も、「あの出演が第二の俳優人生のスタート」と断言するのが、2017年の12月に放送された『絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時!』(日本テレビ系)だ。袴田は「不倫仮面」に扮して登場。不倫ネタを連発してダウンタウンなどの、笑いにシビアな芸人を次々「アウト~!」にした。

 

 しかし、この出演依頼には悩みに悩んだという。

 

「僕個人のことより、元奥さんや子供、お互いの両親のことを考えました。『僕が出演することで、子供がいじめられるんじゃないか』とか、『不倫をネタにしてバラエティ番組に出ていいのか』とか。一方で、『もしかしたら、もう一度芸能界で活動するチャンスをくれているんじゃないか』とも思ったんです。

 

 出演するかどうかの返事をする期限も迫ってきて、迷いに迷いました。周囲にもあまり相談できずにいて、それこそ胃が痛くなるほどでした。放送後の反応ですか? まあまあ好意的だったと記憶していますが、『まさか、ここまでとは思っていなかった』という声もありました」

 

 この出演が俳優・袴田吉彦を変えた。

 

「デビューからずっと、ほぼ俳優の仕事だけしかしていませんでした。『ほかのことに挑戦するのは、ちょっと怖い』みたいなところもあったんです。だから初めてバラエティに出演して、役者としての『幅』みたいなものが広がりました。引出しが増えた? そう言っていいのかもしれません。

 

 演技そのものが上手になったとは思いませんけど……なんていうか、気持ち。そう、役に対して深く入り込むようになったんです。『今、自分は何をすべきか』が客観的に見えるようになった気もします。

 

 芸人さんの言葉のキャッチボールだったり、絶妙な間合いだったり切り返しだったり。そんないろいろなことに間近で接したことで影響されたんだと思います。ダウンタウンさんには、感謝しかありません」

 

 あるベテラン芸能記者が、袴田をこう評していた。

 

「不倫をネタにしてバラエティに出ても、一瞬の花火で終わったり、その後もずっとイロモノ扱いされることが多いんです。だけど袴田さんは、しっかり俳優として再出発しました。しかも、出演依頼は以前より多くなっていると聞いています。芯がぶれなかったんでしょうね」

 

 この言葉を袴田に告げると、「今までは『なんとなく』という気持ちで仕事に取り組んでいた部分もあったと思うんです。だけど今は、『気を引き締めてしっかりやらないと』という気持ちが強いです」と居住まいを正した。

 

 

「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」でグランプリを受賞したころ

 

 2019年に放送されたヒットドラマ『あなたの番です』(日本テレビ系)では、袴田吉彦自身と “袴田吉彦のそっくりさん”のサラリーマンという一人二役を演じて存在感を示したことは記憶に新しい。

 

「最初から監督に『袴田は死ぬから』と言われていました。わけがわからず、『5話でいなくなるの?』でしたね(笑)。

 

 あのドラマに出演させていただいた影響はとても大きかったです。歩いていたら小学生に囲まれて『観てます』なんて言われて。おそらく、それまで僕のことは知らなかったと思うんです。人生が変わりましたね。

 

 だけど反響がすごかったので『次の仕事が大変だなあ』ってプレッシャーでした。ヒット作に出演すると、次の作品でも結果が求められちゃいますから」

 

 2021年は、デビュー30年のアニバーサリーイヤーだ。

 

「そうなんですよね。実感としては、『もう30年かあ』です。自分が思ったように演じられなかったりすることもありましたけど、俳優をやめたいと思ったことは一度もなかったです。

 

 だから、死ぬまで俳優でいたいです。ボロボロになっても台本を離さず、出演依頼がなくなって『これで終わりかな』と終わりたい。だけど、依頼が来るようにずっと努力することは、今までと変わりません」

 

 その「努力」について語っているとき、SNSの話題になった。今はYouTubeでファンと繋がる俳優も多い。

 

「僕にはYouTubeをやる勇気がありません。『もし登録者数が一桁だったらどうしよう』という恐怖が先に立って。それを見たキャスティング担当の方が、『袴田って、そんなに人気ないの? じゃあ、今回はパスだな』って仕事に影響が出るかもしれないじゃないですか。それを考えると無理ですよ(笑)」

 

 美味しそうな焼き色がついた餃子を頬張りながら笑う。最後に、「芸能人の不倫が後を絶たないが」と聞いた。

 

「なぜ、僕を反面教師にしないんでしょうね。何年たっても不倫をネタにイジられちゃうんですから。僕は、僕自身を反面教師にしています」

 

 取材前、「不倫についても聞きますが」と尋ねると、袴田は「いいですよ。なんでも聞いてください」と条件をつけなかった。フットサルチームで「兄貴」と慕われている理由が、わかった気がした。

 

はかまだよしひこ
1973年7月16日生まれ静岡県出身 1991年に第4回「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」でグランプリ受賞。翌年、映画デビュー。1993年 毎日映画コンクール・スポニチグランプリ新人賞受賞

 

【SHOP DATA/中華&BAR TENSUI】
・住所/東京都江東区東陽1-11-3 桜マンション106
・営業時間/11:30~14:00、18:00~24:00
・休み/月曜、祝日
※営業時間は変更になる場合があります

 

写真・野澤亘伸

 

(週刊FLASH 2020年12月22日号)

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