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三浦春馬さん 果たせなかった再会の約束…恩師語る密葬の対面

女性自身

三浦春馬さん 果たせなかった再会の約束…恩師語る密葬の対面

棺に横たわる三浦春馬さんは眠っているように見えた。教え子を前に、恩師・加藤麻由美さんは泣き崩れたという。

 

逝去から2日後の7月20日、東京都内で俳優・三浦春馬さん(享年30)の密葬が営まれた。参列したのは親族や事務所関係者など、ごく少数だったという。子役時代の三浦さんの演技指導をしていた加藤さんはこう語る。

 

「斎場で胸に浮かんでくるのは、『私たちの希望の星だったあなたが、なぜ勝手に逝ってしまったの?』、そんな言葉ばかりでした」

 

三浦さんは5歳のころに茨城県内の児童劇団『つくばアクターズスタジオ』に入団したが、会長を務めていたのが加藤さんだった。

 

「お母さんに連れられて、うちのスクールにやってきたのですが、当時からほかの子とは、ちょっと違う輝きを放っていました」

 

加藤さんの予想どおり、三浦さんの輝きはすぐに芸能界でも見いだされた。7歳で子役デビュー、さらに12歳で大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』(NHK)で、武蔵の“最初の弟子”役に選ばれたのだ。

 

「撮影現場では、とにかく素直で一生懸命でしたね。子役にとっては耳慣れない時代劇の言葉は難しいのです。口伝えで教えてもらうのですが、春馬は細かい指摘にも素直に応じていたので、指導の先生からも好かれていました。

 

また主演の市川海老蔵さんも、いろいろ話しかけてくださったのですが、春馬が物おじせずに、ハキハキ答えていたからか、気に入っていただけたようです」

 

訃報が流れた直後、海老蔵はツイッターでこうつぶやいている。《今日290人という事ですが、個人的にもっと辛いニュースが、世の中どうなってる、、》

 

“仕事に対しては驚くほどストイック”“どんな相手にも真摯に接するので、人好きがする”、これは知人たちが口をそろえて語っていることだが、それは子役時代から培われていた美点だったのだ。

 

「’16年にW主演した舞台『キンキーブーツ』で、三浦さんは、ドラァグクイーンという難しい役柄にもかかわらず、それを完璧にこなし、絶賛されました。稽古期間中は日常生活でも、女性用のパンプスを履いて出かけるなど、役作りに関していっさいの妥協を許さなかったのです」(舞台関係者)

 

今年2月に発売された月刊誌では、将来ミュージカル俳優としてブロードウエーに立つという夢も語っていた三浦さん。加藤さんは言う。

 

「うちのスクール出身のコたちが、春馬と同じ事務所に何人か所属しているのですが、『久しぶりにみんなで先生に会いたい』と、言ってくれていたんです。

 

実は(亡くなった日の)10日後には、春馬にも何年かぶりに会えることになっていて楽しみにしていたのです。それが、あんな形での再会になってしまって……。斎場には数人の春馬ぐらいの年ごろの男性たちもいましたが、こんなことを言っている人もいました。

 

“春馬は誰にも打ち明けずに、一人で胸にしまったまま逝ってしまった”と……。その言葉が忘れられません」

 

春馬という名前には、“天空を元気に駆け上がっていく駿馬”という意味も込められていたという。三浦さんは、その名前のように30年の人生を颯爽と駆け抜け、思いを胸に秘めたまま、天へと駆けていった。

 

「女性自身」2020年8月11日号 掲載

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