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「Hi-STANDARD」メロコアバンドの代表格!色褪せない彼らの魅力に迫る

UtaTen

「Hi-STANDARD」メロコアバンドの代表格!色褪せない彼らの魅力に迫る

TOP画像引用元 (Amazon)

「Hi-STANDARD」って何者?!




「Hi-STANDARD」は1991年に結成された日本のパンク・ロックバンドで、通称「ハイスタ」。

メンバーはボーカル&ベースの難波章浩、ギターの横山健、ドラムの恒岡章の3人です。

彼ら自身、海外のパンク・ロックバンドを好んで聴いていた事もあり、「海外のバンドに負けたくない」という強い想いから歌詞は全て英語で書かれています。

それまでのパンク・ロックという概念を払拭したメロディックハードコアという今までにない音楽スタイルで活動していました。

その志しと音楽性もあり、1999年にリリースしたアルバム『MAKING THE ROAD』は国内外を含めてインディーズとして当時異例の100万枚以上の売上を記録するという偉業を達成。

デビュー当時からメディアへの露出やタイアップは一切なく、最小プロモーションで活動していた彼ら。

それにも関わらず、ライブを開催する際にはチケットは即完売という驚異的なバンドで、ハイスタのライブは伝説だとも言われています。

しかし、2000年に突如活動休止。

休止した後もそれぞれで音楽活動を続けていた彼らでしたが、2011年に東日本大震災が起こったことをきっかけに「自分たちに出来ることをやろう」と考え、震災から約1か月半後に「Hi-STANDARD」としての活動を再開。

復興支援フェスとして活動休止前から開催していた野外ライブイベント「Air JAM」を復活。

本格的にハイスタとして活動が再開されました。

オリジナル楽曲の演奏ももちろんですが、エルヴィス・プレスリー等の海外アーティストの楽曲や、アニメ「キテレツ大百科」の『はじめてのチュウ』を英語バージョンにしたりと、ハイスタの色を加えた演奏は様々な方面からファンを増やしていくこととなります。

現在もハイスタとして活動していますが、活動休止中に開始したそれぞれの音楽活動も引き続き行われており、そちらも注目されています。

人気絶頂の最中に活動休止?!一体何が




2000年に突如活動を休止した「Hi-STANDARD」。

その裏には横山と難波の考えの相違がありました。

メディアへの露出もほとんど行わず、ライブを主な活動ステージとしていたこともあり、難波はライブ活動にこだわりを持っていました。

一方、鬱病を患っていた横山。音楽は続けたいが、ライブや人前に出ることは抑えたいと意見が対立しました。

今までの活動は全て3人の合意があった上で物事を進めていたこともあり、その意見の相違は活動継続に致命的で、結果的に活動休止となってしました。

この出来事が直接的な原因かは定かではありませんが、方向性に相違が生じたままの活動は難しいと判断したのは確かでしょう。

その後活動再開まで約11年も滞ってしまいました。

その理由は、ハイスタ活動休止中の横山の活動について難波と考えの相違が生じたことにあります。

鬱病を患い音楽活動をセーブするための活動休止だったはずですが、横山が別の音楽活動を開始します。

その活動に対し、「リハビリのつもりだった」という横山と、「解散ではなくあえて休止にしている」とハイスタに活動の重きを置いていた難波とで、さらに溝が深まったようです。

また、ドラムの恒岡も活動再開前から鬱病を患っていました。

ハイスタの活動休止後に引退を考えていたこともあり、活動休止中も3人それぞれに葛藤があったようですね。

「9.18 ハイスタンダード AIR JAM。届け!!!」


▲【Now On Sale】Hi-STANDARD「Live at TOHOKU AIR JAM 2012」Trailer

これは、活動休止後3人がそれぞれのツイッターで同時に発信したメッセージです。

東日本大震災が起き、悲しみに包まれている日本に自分たちが出来ることをやろうと考え、休止から約11年の月日を経てハイスタの復活と「Air JAM」の開催を告げるものでした。

この突如発信されたメッセージは、復活を待っていたファンにとって鳥肌の立つほど嬉しいものとなりました。

「俺たち日本のために集まったんだよ」

復活後初めて行われた横浜スタジアム開催の「Air JAM」で、ギター兼コーラスの横山が発した言葉です。

「日本を元気にしたい」という一心で決意したハイスタ復活と「Air JAM」開催は、文字通り「日本のため」にされた決断でした。

そしてついに、2012年には東北にて「Air JAM」を開催。

ハイスタをはじめとする出演バンドたちの「日本を元気にしたい」という気持ちが溢れた演奏と、東北や日本に向けたエールは、多くの人に「元気」を届けました。

「Air JAM」の開催は音楽を通しての日本を元気にし、またハイスタ復活はファンのみならず、音楽業界関係者やハイスタに憧れていたミュージシャンの胸を熱くした出来事となりました。

2011年の横浜スタジアムと2012年の東北での「Air JAM」はCDとDVDで発売され、中でもDVDはオリコンでそれぞれ最高1位を記録しています。

ハイスタの復活と「Air JAM」開催は、ファンにとって特別なことであったと知らしめる結果と言えるでしょう。

胸を熱くする名曲たち


「Hi-STANDARD」の楽曲は、日本語で歌うには恥ずかしいほど真っ直ぐで熱い歌詞ばかりです。

しかしその歌詞が当時の若者を虜にし、今もなお人気を誇る理由の一つではないでしょうか。

そんな彼らの多くの名曲の中から、特におすすめの楽曲を3曲ご紹介します!

「Stay Gold」


▲Hi-STANDARD – Stay Gold [OFFICIAL MUSIC VIDEO]


『Stay Gold』は1999年に発売された『MAKING THE ROAD』に収録され、「ハイスタといえばこの曲!」と言っても過言ではない楽曲。

ハイスタらしい疾走感があり爽快で、メロコアの象徴的な一曲です。

恋愛関係を描いた楽曲のようですが、友情ともとれる歌詞に心惹かれます。

題名と歌詞から、「昔夢を追いかけていた頃のように今もこれからも輝き続けてくれ!」というメッセージがある聴く人に元気を与える作品です。

「Dear My Friend」





『Dear My Friend』も『MAKING THE ROAD』に収録されている一曲です。

タイトル通り、大切な人へ向けて手紙を綴ったような真っ直ぐな歌詞は、まさにハイスタらしい曲ではないでしょうか。

「MOSH UNDER THE RAINBOW」





『MOSH UNDER THE RAINBOW』はハイスタのライブに来たらこれ!という定番曲です。

本来のぶつかり合う攻撃的なモッシュとは違い、平和にライブ客たちが大きな輪を作り肩を組んで踊り周るところが、この曲ならではのモッシュの形です。

とてもパンク・ロックバンドのライブに来たとは思えない一致団結した光景には圧巻です。

タイトルを訳すと「虹の下でモッシュ」となり、とても微笑ましい曲であることが伺えます。

輝き続ける「Hi-STANDARD」に目が離せない



画像引用元 (Amazon)
日本に元気を届けるため2011年に再集結した「Hi-STANDARD」。

2011年と2012年の「Air JAM」のDVDの商品評価はかなり高く、レビューには「感動した」「購入してよかった」「是非見て欲しい」と絶賛の言葉ばかりです。

2020年4月22日。ドキュメンタリー映画のDVD発売と同時に、ハイスタの曲全100タイトル、1127曲がサブスクリプションサービスに解禁されました。

告知なしの解禁だったことに加え、ライブ音源や未発売の曲も含まれていることでファンからは歓喜の声が上がり、多くのファンに長きにわたって愛されているバンドだと改めて感じます。

日本の90年代パンク・ロックを牽引した彼らの音楽は現在にも響き、多くのファンに元気を届けています。

これからも躍進し続ける「Hi-STANDARD」に目が離せません!


TEXT 佐藤愛

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