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YOASOBI「たぶん」に込められたメッセージとは?失恋ソングに込められた想いを探る

UtaTen

YOASOBI「たぶん」に込められたメッセージとは?失恋ソングに込められた想いを探る

決意の朝、それでも変わらない世界


▲YOASOBI「たぶん」Official Music Video

こちらの一曲が、2020年の音楽シーンに颯爽と現れたユニット・YOASOBIが7月20日に発表した『たぶん』です。

MVが公開されるやいなや、その落ち着いた曲調や美しい映像が早速話題を呼んでいます。

YouTubeでの再生回数は公開日の翌日には70万回を超え、今もなおその数を伸ばし続けるほどの大注目を集めています。

そんな『たぶん』を彩るのは別れの朝を描いた切ない歌詞の魅力。

小説を題材に歌詞を紡ぐ彼ららしい、文学的でスマートな言葉が圧倒的な世界観を聴き手に届けていますね。



再生を開始するとすぐに聞こえてくる「涙」というキーワードが楽曲の幕開けを飾ります。

「涙流すことすら」しないまま「過ごした日々」

最初から何もなかったかのように淡々と、あるいは突然に訪れた別れに対してつぶやく「さよなら」の言葉が孤独な主人公の心を包みます。


続く一文では、歌詞の舞台が「朝」であることが描かれます。

1日の始まりを告げる爽やかな朝焼けの様子も、主人公にとっては別れを象徴する景色。

昨日まで自分が向き合ってきた「過去」と決別し、新たな自分として前に進み出す孤独な姿を「朝」の様子と重ね合わせていますね。

たったひとりの状況と対比させて聞こえてくる「誰かの音」も印象深いフレーズです。

いち個人にとってどんなに劇的な出来事が起きても、そんなものは気にも留めないと言った具合に世界は変わらずに回っていくもの。

それは虚しいことのようにも思えます。

しかし、世界が今日も変わらず回っていくからこそ、主人公は新たな自分としてその中に溶け込んでいけるということでもあるのではないでしょうか。

しがみつく過去を振り払い、まっさらな自分としてもう一度世界へと駆け出していく。

そんな決意の思いを胸に、主人公はひとりで「朝」を迎えます。

あなたとわたし、悪いのはどっち?





雰囲気のままに突入するこちらの一節では、主人公の想いがさらに細かく描かれます。

「二人で過ごした」というキーワードから、主人公は大切な人との思い出に別れを告げようとしていたことがわかります。

恋人同士であったのでしょうか、たくさんの記憶がつまった部屋で「目を閉じたまま」考えを巡らせると、様々な言葉が脳裏を駆け巡ります。

おそらく、キラキラした沢山の思い出の日々と同時に浮かび上がってくるのは、別れに至ってしまった原因と葛藤。

「悪いのは誰」「誰のせいでもない」と、自問自答を繰り返す姿が描かれます。

二人で過ごした時間が長いほどに、別れを選ぶに至った原因も複雑で単純には導き出せないものになっていきます。

そんなもどかしい経験をしたことがある人も、きっと多いはずです。

例外こそあれど、たいていのすれ違いに「一方的な悪人」というのは存在しにくいものではないでしょうか。

すっきりとした結論が出せないままであっても、前に進むしかない主人公の心境が伝わってきますね。

「僕」なりの結論が行き着く先





タイトルにもなっている「たぶん」というキーワードが登場するサビの一節では、主人公である「僕」なりの結論が描かれます。

何回こういった関係を繰り返そうと、何年一緒にいようと、行き着く先には「さよなら」しかない。

そんなある種の諦めにも似た結論にたどり着いた主人公の心境が、胸に刺さる人もきっと多いのではないでしょうか。

大切な関係を失ってしまった直後は、どうしてもネガティブなことを考えてしまうものです。

どうせ何度繰り返しても終着点は同じであって、まさに「仕方ない」こと。

それは「僕」なりの結論でもありますが、同時に薔薇色の日々を失ってしまったことに対する自己防衛の姿勢にも見て取れるのではないでしょうか。

手に入れられなかったものを、いつまでも悔いていても虚しさがやってくるだけ。

ならば「初めからうまくいかないのは決まっていた」ことにしてしまえば、その虚しさや責任感から逃れることができますね。

そんな「強がり」にも似た「僕」の結論に、思わず共感してしまうはずです。




続く一節でも主人公の孤独感をこれでもかと強調しています。

今までずっとそうしてきたものが抜けきれずに出てしまったのでしょう。

思わず口から「零れ」てしまった「おかえり」を受け取る相手は、もうそこにはいません。

突然やってきた別れにまだ追いついていない主人公。そんな状況を印象的に描く鮮烈な歌詞が胸を打ちますね。

「大衆的」っててどんな意味?





続く二回目のサビでも、そんな「結論」をさらに補強するように自分たちの「恋愛」は決して特別でもなんでもない「大衆的」なものだったと語っています。

映画やドラマ、漫画、ラブソングなどで描かれるラブストーリーは、ラブラブで素敵な結末や、甘酸っぱい青春の物語を描いた作品が多いですよね。

ある意味「定型化」されているとも言えるそんな物語と対比させたのでしょうか。

この恋は特別で、自分たちにしかないストーリーが用意されているんだと「僕」は考えていたのでしょう。

しかしなんのことはなく、些細なすれ違いが別れに至るという至極当然の「大衆的」なラブストーリーに落ち着いてしまった現実を自虐的に語っています。

結局は「よくある聴き慣れた」恋愛となってしまったことに対する虚しい気持ち。

加えて「こんな辛い失恋なんかよくあることさ」と言い聞かせることで自分を慰めようとしている動揺に溢れた気持ち。

二つの入り混じった感情を描ききる描写力の高さには驚いてしまいますね。

辛い別れを乗り越えて、今日を生きる





最後のサビに向かう終盤の一節では、どうしようもなく失恋に至ってしまった二人の様子が描かれます。

「分かり合えないこと」が、たくさんあるのは当然だと語る「僕」。

日常的な些細ないさかいや、ちょっとした言い合いは肯定して「全てを許し合えるわけじゃない」と飲み込んでしまえる心の広さを持っているように感じられますね。

そんなセリフから「僕」たちの恋愛がとても大人なものだったことがわかるのではないでしょうか。

決して完全無欠の百点満点を求めるのではなく、お互いの分かり合えない部分も含めて愛しあえる関係性はとても素晴らしいものでしょう。


しかし、そんな二人であっても陰りはいつかやってくるものです。

お互いの「優しさ」に気づいてしまった瞬間に「辛い」毎日が訪れるようになってしまいました。

ここで述べられている「優しさ」とは、どういったものなのでしょうか。

おそらく純粋な親切心や思いやりといった意味ではありません。

相手のことを他人として捉えてしまった瞬間から始まる「気を遣う」「無理をする」といった行動のことではないでしょうか。

例えば、相手の好きではない部分を見てしまった時、あるいは相手のことを信じられなくなってしまった時。

自分は今まで通りあなたが好きで、完璧に信頼している「フリ」をすることによって相手を傷つけないようにすることはある意味「優しさ」といえるでしょう。

しかし、その「優しさ」は裏を返せば「自分に嘘をついている」ということでもあります。

本当の気持ちでぶつかりあえずに無理をする毎日は、とたんに「辛い」ものになってしまうでしょう。

そして一度「辛い」と感じてしまったものを元に戻すのは簡単ではありません。

ネガティブな気持ちはどんどん膨らんでいき、いつしか爆発してしまった結果が「僕」たちの決別につながっていますね。




楽曲を締めるのは、こんな一節。

「おかえり」と投げかけるも受取り手がいない、という状況を歌詞の中で何度も繰り返しながら「僕」は少しずつ前を向き始めます。

「少し冷えた朝」という情景描写は「僕」の寂しさや孤独感を象徴しているようでもあり、同時にこれから始まる新たな一日への期待感を抱かせる表現でもありますね。

「僕」はこの失恋を経て、またひとつ未来へとステップを進めます。

どんなに「大衆的」で、目に見えるものが何一つ残っていない恋愛だったとしても、歩んできた日々の記憶は完璧に消えることはありません。

同時に心の触れ合いを通して成長してきた自分の姿も変わることはありません。

どんなに辛い状況も受け入れて前に進むしかないのだ、という残酷なほどに力強い決意と共に、新たな一日がスタートします。

今を生きる全ての人が『たぶん』の主人公であり、人生という名のストーリーの主人公なのでしょう。

新たな一日を生きる勇気を与えてくれるYOASOBIの歌声に、思わず惹かれてしまいますね。


TEXT ヨギ イチロウ

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