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感染症に翻弄されるパンデミック小説『夏の災厄』 感染症が流行したとき、私たちはどうすれば良い?

ダ・ヴィンチNEWS

『夏の災厄(角川文庫)』(篠田節子/KADOKAWA)

 日常を壊していくパンデミック。乗り越えるためのヒントは、フィクションの小説から得られるかも知れない。

 最近、1969年に刊行された『ペスト』(カミュ:著、宮崎嶺雄:訳/新潮社)が約15万部増刷されたという。続いて日本の著名作家の一人、篠田節子さんが25年も前に発表した『夏の災厄』(KADOKAWA)の緊急重版が決定した。

 人口8万6000人の都市で突如起きた感染症の流行。一度発症すれば命を落とすか、重い後遺症を残すかの二択だ。原因や対策が解明されないまま時間が過ぎ、悲劇は感染症で倒れた人が増加するだけにとどまらなかった。過激さを求めるマスメディアに煽られた人々がパニック状態に陥ったのだ。

 本書の主要人物は三人である。若手公務員としての立場と、感染症対策を究明したいという思いの間で板挟みになる保健センターの職員小西、保健センターにパート看護師として勤務し、主婦としての顔も持つ房代、医師の持つ権威に疑問を呈し、大学病院を追い出され今は市内の診療所に勤める鵜川。

 三人の視点を中心に物語は描かれ、自治体の対応の遅さや、マスメディアの流す根拠が定かではないフェイクニュースといった現代にも通じる問題が表面化する。

 最初はパートの房代をばかにする一面があった小西も、だんだんと事の深刻さに気づき「このままでは自分の家族も犠牲になるかもしれない」と感じるようになる。三人は協力し、原因究明に力を注ぐ。

 しかし、パニック状態になると人は冷静な判断力を失う。市内では自殺者が数多く出て、極限の精神状態になった市民による殺人事件まで起きてしまう。

“常識を超えたところで、何かが起きている”

“不安と圧迫感に苛まれた町で、住民たちの行き場のない苛立ちが増幅されていく”

 主要人物の三人は、英雄ではない。そして誰もが彼らのように行動できるわけでもない。この物語で描かれる架空の感染症は、新型肺炎より致死率が高く後遺症も重い。パンデミックの最悪のケースだ。

 新型肺炎はここまでの事態にはまだ至っていない。だが、人々が冷静さを失い始めているのは確かだ。マスクの買い占めや転売、自分たちの住む自治体以外から来た人へのいやがらせが、毎日のようにニュース番組で流れる。

 この状態が続けばどうなるかは、本書を読めば明白だが、今ならまだ間に合うのではないだろうか。

 幸い、この本が初めて発表された1990年代と異なり、現在はインターネットが普及し、ソーシャルメディアもある。頭に入ってくる情報が多くなった代わりに、正しい知識を得て情報を取捨選択できる時代にもなったのだ。

 英雄にならなくても良い。ただ、冷静さを失わず心を落ち着かせることが必要で、そのために何をするのがベストなのか、本書を読むとわかるはずだ。パンデミックがおさまった後も、ひんぱんに読み返したい一冊である。

文=若林理央

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