周囲の刺すような視線に耐えて……。高校球児が最初に試される能力は?
周囲の刺すような視線に耐えて……。高校球児が最初に試される能力は?
夏の高校野球が始まった。 甲子園はまだ1カ月も先だが、私には予選のほうが「夏の高校野球」をより実感させる。 おそらく、私の高校野球が“予選”だけの高校野球だったからだろう。私のような感覚の元・球児は意外と多いようだ。

野球に限らず、練習と試合では異なる能力が必要とされる。その筆頭が「本番の緊迫感」に耐える力だろう。 (photograph by Naoya Sanuki)

 夏の高校野球が始まった。

 甲子園はまだ1カ月も先だが、私には予選のほうが「夏の高校野球」をより実感させる。

 おそらく、私の高校野球が“予選”だけの高校野球だったからだろう。私のような感覚の元・球児は意外と多いようだ。

 以前、試しに何人もの元・球児に訊いてみたことがあるが、やはり、甲子園の夢破れた組のほとんどが「オレの高校野球は予選がすべてだった」というようなことを語り、中には、「みんなで海に行っていて、甲子園は見もしなかった」と答えた“ふとどきもの”もいた。

 しかし、私はその話にいたく共感したものだ。

 夏の予選を戦って敗れた者は、やはりみんな悔しいのだ。

 その悔しさから目をそむけるために、高校野球とはなるべく対極の世界に身を置くことで、悔しさをなぐさめていた。そんな、なさけないけど愛すべき時間が、当時の私にもあったからだ。

 負けた次の日から、新チームの練習に参加してました!

 たまにそんなことを言う元・球児に会うと、私は「すごいな!」と敬意を表しながらも、同時に、「人間、そこまで立派でなくてもいいんじゃないか……」などと思ってしまったりもする。

トーナメントほど冷酷な対戦方式もない。

 高校野球はトーナメント戦である。

 トーナメントほど冷酷な対戦方式もないだろう。稀に引き分けというのもあるが、毎日、ほぼ間違いなく試合の数だけチームが消えていく。

 多数の中から、最少の日数で勝者を決めるためには、こんなに都合のよい方法はなく、そのために、野球以外の多くのスポーツでも採用されている。

 ただ、都合がよいのは主催者側にとってのことで、競技者側にとっては、血も涙もない冷徹な方式だといって大きく間違ってはいないだろう。

 その“都合良さ”をさらに推進させるのが、「タイブレーク方式」という試合方式だ。

 選手たちの体調管理という理由もあるが、引き分けをなくすためには、主催者側にとっては、これ以上都合の良い方式はないだろう。

タイブレークの練習で打率が急上昇?

 先日、ある学生野球の監督さんと話していて、とても興味深いくだりがあった。

「この春からリーグ戦に導入されたんですが、ウチは打てないんですよ。その代わり、投手と守備は悪くないので、今までもロースコアの僅少差が多かった。それで、タイブレークの練習ばっかりやったら、リーグ戦のチーム打率が5分5厘も上がっちゃって……」

 ヒョウタンからコマ。

 監督さんはそんな表現をして、うれしそうに笑っておられた。

 どうして、そんなに劇的に数字が上がったのか?

 興味深かったのは、監督さんが選手たちに訊いてみた回答だった。

「実戦的なバッティング練習の時間が増えて、投手と“1対1”で向き合うことが普通のことになった。試合と同じ環境でたくさん打つ機会があったから、投手と向き合いながらたくさんの選手たちに視線を注がれて打つことに緊張しなくなった」

 昨年までは、7:3でフリーバッティングが多かったのを、今季は最初ハーフ、ハーフにしたという。そうするうちに、徐々にリーグ戦で結果が出始めてきたので、今度は逆に7:3で実戦形式の走者をつけた「一本バッティング」を多くして、そういう変化を獲得したという。

 よいことだと思う。

フリーバッティングは、強いチームにはいらない?

 以前にも書いたかもしれないが、私は過去のある時から、「フリーバッティング不要論者」である。

 チームと選手のレベルが、まだ「ボールを打つのに慣れること」を優先せねばならない程度なら、フリーバッティングも必要だと思うが、トーナメントの大会で“中以上”に進めるレベルのチームならば、全体練習のバッティングはすべて実戦形式にして、どうしてもフリーバッティングをしたければ、それは自主練習の時間に行えばよいのではないか……。

 かなり以前から、そう考えるようになった。

野球は、まず緊迫感に耐えることから始まる。

 バッティングの実戦力とは、まず、投手との1対1の“緊迫感”に耐えることから始まるように思う。その緊迫感には、そこにいるほとんどの選手たちから浴びせられる、射るような視線に耐えることも含まれる。

 そこを乗り越えてはじめて、バッティング技術であり、スイングスピードであろう。

 投げるヤツがいて、打つヤツがいて、守るヤツがいて、それを見ているヤツがいる。それが「野球」である。

 野球が上手くなりたいと思ったら、野球をしないと上達しないであろう。

 ノックを受けることにはとても熱心な選手が、打者の打った打球は簡単にファンブルしたり、本気で追わなかったり……。そんな「本末転倒」を現場で結構多く見る。

 誰からも本気の視線を浴びることなく、「打ってください」のボールをたくさん打っても、それはボールとバットを使った筋力トレーニングにしかならない。むしろ、フリーバッティングで大切にしたいのは、打者が本気で打った打球を追いかけて捕球し送球する“実戦的守備練習”として……ではないか。

 技術の追求が進化すればするほど、その練習方法が細分化されるのは、ものごとの自然な流れであろう。

 しかしそれにしても、今の野球には、パーツパーツの練習が多すぎやしないか。

 高校野球にも、来春からタイブレーク方式が導入されることが取りざたされている今、ちょっとそんなことを考えてみたので、つらつらとつづってみた。

text by 安倍昌彦
「マスクの窓から野球を見れば」

(更新日:2017年7月16日)

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