慶應の箱根駅伝プロジェクト始動!中心人物に聞く、独自の10年計画。
慶應の箱根駅伝プロジェクト始動!中心人物に聞く、独自の10年計画。
 2017年春。“慶應箱根駅伝プロジェクト”が始動した。 慶應義塾大学の競走部が創部100周年を迎える今年、古豪が本気で乗り出した。

長距離専任コーチとして招聘された保科光作が強化の中心となる。箱根駅伝に慶應のエンブレムが帰って来るのはいつになるだろうか。 (photograph by Shigeki Yamamoto)

 2017年春。“慶應箱根駅伝プロジェクト”が始動した。

 慶應義塾大学の競走部が創部100周年を迎える今年、古豪が本気で乗り出した。

 実は慶應は、1920年に開催された第1回箱根駅伝に明治、早稲田、東京高等師範(現・筑波)と共に出場した「オリジナル4」の1校である。だが、’94年の70回記念大会を最後に、本戦には出場していない。

「箱根から大手町まで、沿道をブルーレッド&ブルーの三色旗で埋め尽くしたい」

「正月の熱い戦いに慶應が出ていないのは、本当に寂しかった。いよいよだ」

 そう声をあげるオールドファンも多い、待望のプロジェクト。箱根駅伝に新たな歴史が刻まれる日は近いのだろうか。

コーチの招聘、研究組織との連携。

「学生スポーツは、絶対に文武両道たるべし。今の箱根駅伝は視聴率競争、大学の売名など商業化がヒートアップし、話題性が先行してしまっている。

 我々は“学生スポーツの原点”としての駅伝に取り組みたい。それが慶應義塾のやり方です」

 プロジェクトメンバーは8人。リーダーの同校大学院政策・メディア研究科教授、蟹江憲史は、湘南藤沢キャンパス(以降SFC)の研究室で静かに切り出した。

 蟹江が中心となって始動させたプロジェクトの概要は、こうだ。

・日本体育大学OBの保科光作を競走部・長距離専任コーチに招聘。保科は日体大時代は箱根駅伝に4年連続出場、日清食品グループではニューイヤー駅伝優勝など、選手・指導者として実績もあり、両チームで主将を担った人物である。

・競走部とランニングデザイン・ラボとの連携。昨年末、SFC研究所に同ラボを設立。医学、生理学、栄養学、ITなどを活用して、駅伝競技の社会的意義からチーム強化方法などの研究を、競走部の現場と連携して実践的に進めていく。

・トレーナーとメディカルサポートの充実。同大スポーツ医学研究センターの医師3名と、アトランタ五輪で選手団スタッフでアスレティックトレーナーを務めた伊藤由記子らが、競走部の選手をサポートする。 

・一貫教育校との連携強化。慶應高校の競走部は、大学競走部と同じ日吉の陸上競技場で練習する。力があると認められた選手は、大学競走部の練習にも参加。他の一貫教育校との連携も強化していく。

 なかでも、蟹江の語気が強まったのは、研究プロジェクトとの協力体制について語った時だ。

「体育会と研究プロジェクトの連携と言うのは、本学で今までになかった試みではないでしょうか」

キーマンの復帰、大学の動き、かみ合ったタイミング。

 発端は競走部OB会からの声だった。創部100周年を前に「若手OBの、しかも短距離グループから、駅伝強化の発案があったのが本当に嬉しかった」という。

 蟹江自身も、競走部出身だ。同部は種目によって、短短・短長・中距離・長距離・跳躍・投てきとブロック分けされており、グループ内での結びつきが強い。にもかかわらず、駅伝チームが属する長距離ブロックではない仲間たちからの声掛けに痺れた。

 実は、駅伝強化は過去にも何回も提案されたが、資金面や強化策など課題も多く、その都度立ち消えになって来た。事態が動いたのは2年前、蟹江が東工大から復帰し、同時に大学側からも声があがった。環境情報学部長の村井純からも「お、君、競走部だったよね。やらないか、駅伝」と相談された。

「全てのタイミングが、噛み合った」(蟹江)

走ることで、人生は切り開かれる。

「他校は他校。慶應は、慶應の手法でやっていく」

 競走部の練習場である日吉陸上競技場で、夕方から練習を開始する部員たちを見守りながら口を開いたのは監督の川合伸太郎だ。ラボとの連携を強めながらも、現場の強化に余念がない。

「何よりも選手育成に強力なコーチ・保科を招いた事は大きな力になっている」(川合)

 すでに、保科は長距離ブロックの練習につきっきりで選手たちの指導に当たっている。

「僕は“走る”事で、人生を切り開いてきた。走る事は人生そのもの。今回の仕事はプレッシャーはありますが、逆にその重圧がなければダメなのだと思います」

 まだお互いに手探りではあるが、学生たちに技術面だけではなく、アスリートとしての根本的な姿勢や、体育会の人間としての自覚も教えていきたいと言う。

「常に見られている事を意識して欲しい。例えばだが、練習後にコンビニで菓子を買って店頭でダラダラ食べているなどあり得ないし、見かけたら注意もする。学生たちには何でも言える兄貴分のような立場でもありたい」

慶應ブランドはリクルーティングに機能するか。

 とは言え、素材が揃わなけば始まらない。

「箱根を乗り切る10人の強いランナーを擁するためには、20人、少なくとも14~5人の選手が必要。それそれが切磋琢磨して正選手の地位を勝ち取るようにならなければ、勝てるチームは出来ない」(保科)

 今後、競走部OBの情報網をを活用して、リクルーティングを強化していく予定だ。全国に散らばるOBに声掛けして、各地や母校の中高生情報をいち早くキャッチし、該当校の指導者らと早い時期からのパイプ作りを目指す。すでに、どんどん情報が寄せられているという。また、高校生に向けた競走部のパンフレットを作成し、理解を求める事も進めている。

 だが“文武両立”を貫く同校は「今回のプロジェクトでも、他校が行っているようなアスリート推薦制度などは設けない。あくまでも従来の入試制度の中での受験を学生たちにもお願いするしかない」(川合)

 リオ五輪400mリレー銀メダルの山縣亮太(24・セイコーホールディングス)も慶應出身で、AO入試組だ。

「本人もだが、慶應のユニフォームで我が子を走らせたい選手の親御さんは少なくないと思う」(保科)

箱根に出る現実的な目標は、5年から10年後。

 また、学生を受け入れる環境整備にも気を配る。日吉キャンパス内にある競走部専用の合宿所を今後改装して「強い選手を住まわせるようにしたい」(川合)。現在、入居しているのは地方出身者が主だが、保科も「いずれ駅伝チームに同じ釜の飯を食わせて、連帯を深めていけたら」と、話す。

「ただ、誤解しないで欲しいこともあります。皆さんから良く、『そこそこ選手が揃ったから発表したのだろう』とか、すぐにでも、本戦に出れるような話をされてしまうのですが、我々は今ゼロからスタートを切ったばかりなのです。

 花火を打ち上げたからにはやり抜きますが、長い目で見てやって欲しい。新体制下での新入生が入ってくるのは来年の4月からで、その彼らが4年生になる5年後から、7年後の100回大会を含めた10年後くらいが、本戦出場の目標になる」(川合)

 秋の予選会で10位以内に入らなければ、本戦出場はかなわない。昨年は28位で、通過ラインとは39分10秒差がある。一昨年は31位。道のりは長い。

今も忘れられない、30年前の箱根の記憶。

 実は、蟹江は箱根駅伝を体験した数少ない競走部OBの1人だ。

 同校が最後に箱根駅伝に出場した’94年の70回記念大会。当時蟹江は4年生で、選手として箱根路を目指していたが叶わず、4、8区のサポートに回った。

「自分で走れない悔しさと、チームで出場する喜びや一体感を、両方同時に味わいました。あの箱根は、自分の人生の宝。そして、ひょっとしたらその貴重な体験が、今回のプロジェクトの芽にもなったのかもしれない」

 今回のプロジェクトでも、その実体験が生かされていく。

「今まで、選手個人に焦点を当てた研究はあったが、チームに焦点を当てたものはない。個々の技術力だけでなく、チームワークとの連動で効果的なコーチング、チームビルディングを研究していきたい」

 現役の長距離ブロック長、下川唯布輝はまずは、具体的な眼前の目標として、来年の正月に走る関東連合に選手を送り出す事を挙げた。

「箱根駅伝プロジェクトの未来に繋げていきたい。10月の予選会ではチームのメンバー全員が同じ方向を向いていられるように、自分が監督やコーチと選手たちのパイプ役となって、しっかりとチーム作りをします」と。

壮大なスローガンが、実現に向けて動き出す。

 保科にも、忘れられない箱根駅伝がある。

 日体大学2年生の冬の事だ。

 調整ミスから左膝を痛めてしまい、12月には3回しかグラウンドで走る事が出来なかった。しかし駅伝の前日、最後の練習の後、主将と共に監督に呼ばれた。主将は過去3年間、同校の3区を任され、最後の年もエントリーされていた。しかしその場で、保科は監督から「3区を走るのは、お前だ」と告げられた。その時の主将の顔は、覚えていない。いや、直視できなかったと言う方が、適切な表現だろう。

 怪我をおして走り抜いた保科は、チームの準優勝に貢献した。主将とも、喜びを分かち合った。

 その時の主将の気持ちを、今も思う。保科は全てを受け入れて、こう言う。

「僕を育ててくれたのは、箱根」

 10人が走れば、10人にドラマがある。だから、日本人は駅伝に惹かれるのだろう。

 母校がそこにいない寂しさも、またある。

 慶應義塾は、今年、体育会創立125周年も迎える。スローガンは「学生スポーツの未来を担う」。

 学生スポーツを愛する多くの人間が、伝統校の復活へたすきが繋がれていく事を、見守っている。

text by 神津伸子
「箱根駅伝PRESS」

(更新日:2017年4月21日)
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