なぜ補欠から突然キャプテンマーク。吉田麻也が試合後の謝罪をやめた理由。
なぜ補欠から突然キャプテンマーク。吉田麻也が試合後の謝罪をやめた理由。
 眼前にいたズラタン・イブラヒモビッチに、痛烈なタックルを見舞った。相手は転倒し、思わず悶絶。吉田麻也はクールにその場を立ち去った。「ファーストプレーでガツンとファウルされたので、あれは半分やり返しました」 2月26日。

イブラヒモビッチと激しい1対1を繰り広げた吉田麻也。スピードで振り切られるシーンも激減し、すっかりスタメンに定着している。 (photograph by AFLO)

 眼前にいたズラタン・イブラヒモヴィッチに、痛烈なタックルを見舞った。相手は転倒し、思わず悶絶。吉田麻也はクールにその場を立ち去った。

「ファーストプレーでガツンとファウルされたので、あれは半分やり返しました」

 2月26日。聖地ウェンブリーでのイングランド・リーグカップ決勝。吉田が所属するサウサンプトンはマンチェスター・ユナイテッド相手に互角以上の戦いを演じたものの、終了間際のイブラヒモビッチの決勝弾に沈み、2-3で敗れた。惜しくも頂点には立てなかったが、世界トップレベルのストライカーと堂々と渡り合った90分間を、吉田はこう振り返る。

イブラとの対戦は、ネイマールと同じ感覚だった。

「ああいう世界的なFWは、どれだけマークについても最後に結果を出してくる。勝負を決める選手だからこそ、その地位にいる。ネイマールと戦った時と、同じ感覚を味わいました。良いプレーをしても、決勝は一発勝負で内容より勝つことが大事。あの試合は、結局僕もサウサンプトンもサポーターも、みんなどこか舞い上がっていたところがありました。点差だけでなく試合内容からも、みんなあと少しで勝てたと言ってくれるけど、ユナイテッドやモウリーニョ監督、イブラヒモビッチはこういう試合を何度もくぐり抜けてきているからトップに立っている。

 試合自体は、流れの中でやられた感じはほとんどなかった。でもイブラヒモビッチは賢いなと思いました。運動量は決して多くないけど、力を抜く時とスイッチを入れる時をすごく使い分けている。無駄な力を使わないんです。守るこちら側も、相手は大きくて体が強くてリーチもあるので、最初のコンタクトから普通に守るとかなり厳しいと感じました。だからその後は工夫して、体を先にぶつけるようにした。向こうからぶつけに来た時は、あえて体を当てなかったり。もう1回五分五分のボールが来た時は体を当てに行くふりをして、彼のバランスを崩すことに成功した。そしてセカンドボールを僕が拾いました。イブラヒモビッチとの球際、デュエルのところでは、毎回違うアプローチをしていきましたね」

上手さより、対面を潰せることがDFの絶対条件。

 タフで無骨なDFこそが、プレミアでは評価される。その点で、ここのところ試合に出続けている吉田は、以前よりもプレミアらしいセンターバックに変わってきているのかもしれない。数年前よりも進化した肉体とスピード。陰ながら、彼は“変身”に取り組んできた。

「こちらの人たちに認められるのは素直にうれしいですね。日本とプレミアでは、センターバックに求められる役割が違う。これまでもずっと言ってきたことだけど、やっぱりここの差をプレーで埋めるのに想像以上に時間がかかったと、今は思います。

 日本ではパスをつなげて、カバーリングやポジショニングで鼻が利くプレーが評価されます。強いだけの選手よりも、上手さが重視される。でもプレミアでは、まずは自分の目の前のFWに激しく当たれる選手、ハイボールに勝てる選手が重宝される。攻撃のビルドアップをできるに越したことはないけど、必須条件ではない。何よりスペースがないから、DFが前線にパスを通せる機会自体が少ない。とにかく対面に強いか、潰せるか。チーム全体を鼓舞するような激しいプレー。だから、このポジションにリーダーシップが求められるんです。

 僕の体も大きくなったし、ガツンと行って簡単に負けることもなくなってきている。試合に出られない中でも、取り組んできたこと。その芽が、ようやく出てきています」

補欠だった吉田が、主将を任されるまで。

 ビルヒル・ファンダイク(オランダ代表)の長期離脱や、長年主将を務めてきたジョゼ・フォンテ(ポルトガル代表)の移籍と、センターバックのライバルが軒並み不在になったことが、吉田の出番増加に影響している。とはいえ、今季リーグ戦以外にも3つの大会(ヨーロッパリーグ、FAカップ、リーグカップ)を戦ってきた中で、吉田のプレー機会は例年以上に増え、リーグ戦でキャプテンマークを任されるまでになった。

 そして決勝まで進出したリーグカップでは全試合に出場し、大会ベストイレブンに選出された。チームもセミファイナルまで無失点。これは大会史上初の快挙であり、そこにはリバプールやアーセナルといった難敵との対戦も含まれていた。

 控えだった選手が、主将を任されるまでに。そしていつしか、チームを牽引する存在に。立場の急変。そこには、理由があった。

「マヤが巻いて」とチームメイトに言われて。

「リーグ戦でキャプテンマークを巻いたこと自体は、大げさな出来事と捉えていませんでした。初めて巻いたのは、ファンダイクが試合中にケガをして、代わりに誰が巻くかとなった時にGKのフレイザー(・フォースター、イングランド代表)が『マヤが巻いて』とキャプテンマークを持ってきた。そこで譲り合いをするのは格好悪いし、責任転嫁もしてはいけない。だから巻きました。

 主将としての姿に、自分以上に周りのみんなが喜んでくれました。プレミアでプレーしている仲間たちがすごく反応して『日本人で初じゃない?』みたいに。僕もチームの在籍年数が長くなってきたし、新しいことを達成するのは誇りでもあります。

キャプテンマークそのものより、信頼が嬉しい。

 僕は試合に出られない時期が長かった。今、日本人選手がヨーロッパで同じ悩みで苦しんでいる。大前提として、試合に出られないことはやっぱり良くないと思う。それで移籍する選手の選択も当然理解できます。

 ただ、僕は僕で普段から地道に取り組んできたこともあります。いきなり試合に出て偶然活躍できるなんてことはない。今の状況は、全て必然だと捉えています。それに、試合に出ていない時にもしっかり取り組んでいないと、いきなり僕がキャプテンを任されるなんてこともあり得なかった。自分の姿勢をみんなも見てくれていたから、責任を託してくれる。キャプテンマークを巻く、巻かないという事実よりも、その仲間からの信頼の方がうれしかった。

 移籍したジョゼ(フォンテ)にも言われていました。『マヤ、お前がもっと監督に意見したり、若い選手に指示を出さないと。もうそういう立場だよ』と。なんか、こそばゆいんですけど、人から頼られるというのは、どんな世界でも悪いことではないですよね」

 7年前、吉田が日本からオランダに渡った頃、こんなことを話していた。

「こっちでは、もう引っ込み思案なんかではやっていられない。どんどん主張して、自分を押し出していかないと」

失点直後に下を向いていた吉田はもういない。

 時が経ち、今ではプレミアのクラブで味方に指示や檄を飛ばす選手になった。ユナイテッドとの決勝でも、失点直後に彼が見せたのは、仲間への注意や叱咤、そして鼓舞だった。かつて、代表戦で失点直後に顔をガクッと下に落としていた吉田は、そこにいなかった。

 常に彼は言い続けてきた。

「センターバックは、1つのミスが失点につながる。89分完璧でも、1分で全てがフイになることもある」

 切ない役回りである。だからこそ、どのポジションよりも図太く、強気でいないといけない。それこそが、吉田がヨーロッパに移ってから、最も変化した一面である。

謝罪すれば、その場を収めることはできるけれど。

 ある質問をぶつけてみた。

「最近、囲み取材やメディアの前で、失点やミスに対して謝るような素振りをあえて見せなくなった。日本人は潔く非を認めるのが美学なところがある。なのに、なぜなのか?」

 吉田が、その深いわけを語った。

「何でも“ヨーロッパかぶれ”になろうなんて思いません。僕は周囲に配慮する日本人の気質をすごく大事にしたい。でも、プロサッカー選手として戦う上で、やっぱりこっちの選手たちの強気で自信に満ちた態度は大事だと痛感したんです。ミスに対して、反省や謝罪を求める風潮は、ヨーロッパよりも日本の方があるかもしれない。でも、例えばプレミアでプレーしている選手がそういう態度を公に見せるかと言えば、ほとんどしない。

 特にセンターバックは、それをやっていたらキリがないポジションなんです。誰よりも失点に絡んでしまう役回り。毎試合後に『あそこで止められなかったのは自分の責任です。修正したい』と言うのは簡単ですが、グッとこらえて上を向く発言をすることも、僕らにとっては大事です。ネガティブな話をすると、その場を収めることはできる。でも結局自分のためにならない。その態度だと、絶対に高いレベルではやっていけない。それを僕は周りの仲間から学びました。

 反省や修正点は、誰よりも自分がよくわかっています。口にしないからミスや課題に蓋をするなんてことではない。自分の中でしっかり見つめ直し、突き詰める。日々、その作業の連続です。でもそれができていればいいと思います。試合では、いつだって胸を張ってプレーする。その気持ちを今は大事にしたい」

だからこそ、必ずまたこういう舞台に戻ってきたい。

 イングランドに渡って5シーズン目。これから先も、プレミアの舞台で歓喜と挫折を味わうことだろう。1つだけ言えるのは、酸いも甘いも含め、やはり継続することは力となる。積み重ねてきた年月と作業、その価値は計り知れない。

「ウェンブリー、あんなに良いスタジアムだったんですね。5年前にロンドン五輪でプレーした時は、僕自身が周りを見る余裕がなかったんだと思いました。あれからイギリスに住み始めて、プレミアでプレーしてきて、ウェンブリーという場所がどれだけ価値があるのかということを理解できた。だから、決勝のピッチは本当に5年前とは違う景色に見えました。素晴らしかった。正直、最高だった。だからこそ、必ずまたこういう舞台に戻ってきたい」

text by 西川結城
「Survive PLUS ~頂点への道~」

(更新日:2017年3月17日)

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