平田オリザ | 神も心も存在しないと思ってる。
平田オリザ | 神も心も存在しないと思ってる。
大学在学中から、劇団「青年団」の主宰として演劇を作ってきた、平田オリザさん。その演劇人としての経験を踏まえ、現代人のコミュニケーションについて『わかりあえないことから』などの著書でも考えを発信しています。そんな平田さんに、「人はなぜコミュニケーションを必要とするのか?」という大きな問いをめぐって話を聞きました。
平田オリザ
複数の共同体の中で演じ分けるのは人間だけ

――近年、ますますコミュニケーションの重要性が叫ばれるようになった気がします。ワークショップや講演の依頼も増えているんですか?

平田オリザ (以下、平田)本当にここ数年、増えていますね。大きな企業からも、「社員向けにワークショップをやってくれ」っていう依頼もありますし。

――どうしてニーズが増えたんでしょう?

平田「自分はコミュニケーションが苦手だ」って思ってる人が増えてるんでしょうね。別に、本当は苦手なわけじゃないと思うんだけど、世の中が「コミュニケーション、コミュニケーション」ってうるさいから、強迫観念みたいになってる。
 しかも、日本の教育では「自分の意見を言わなきゃダメ」って言われるので、真面目な人ほど、相手に合わせることを後ろめたく感じるんです。

平田オリザ

――平田さんは、「人間はそもそもペルソナ(仮面)を被っている」とおっしゃっていますね。

平田そう。基本的に、人間はいろんな社会的な役割を演じ分けているんです。たとえば、学校の先生が「俺はブレない男だから」と言って、家の中でも先生みたいな態度を取ってたら、変でしょう(笑)。それは単に社会性のない、困ったちゃんです。
 相手と状況によって、いろんな役割を演じ分けるのが人間というものだし、そのどれもが本当の自分ですよ、ということを子供のうちにわかってもらうのが大事だと思いますね。

――役割を演じ分ける、という行為は、まさに演劇そのものですね。

平田そうです。今度、いろんな人と対談して、「演じる」ということの起源を探っていく企画をやろうと思ってるんですよ。
 たとえば、ゴリラも「家族」の中での自分の役割を演じるし、チンパンジーも「群れ」の中での自分の役割を演じる。だけど、家族と群れのどちらに対しても、別々の役割を演じ分けるのは人間だけなんですよ。

――そうなんですか。

平田それはおそらく、そこから、「伝える」ということが必要とされた。たとえば、狩りから帰ってきた時、家族に「今日こんなにデカいマンモスがいたんだよ」って伝えますよね。それで次の日、狩りに出たら、今度は仲間に「うちの女房がうるさいから、肉をたくさん持って帰らないといけないんです」なんて言う。

――相手によって伝える情報が違うから、演じ分けないといけない、ということでしょうか。

平田そうです。だから、所属する共同体の数が増えるほど、高度なコミュニケーション能力を必要とするんです。そのコミュニケーションの純度を増したものが、演劇や音楽といった芸術になったんじゃないかと考えられるんですね。

――なるほど。

平田それから、演じることのもうひとつの起源は、「記憶の伝承」です。「昔この村の誰々が大きなマンモスを捕った」みたいな話を伝えるために、踊りや音楽や演劇ができたんじゃないか、ということです。
 そしてそれは、ほぼ人類の起源とともに生まれたと言われていますね。

平田オリザ
数値化されたロボットの動きにも、人は「心」を感じる

――ところで、感情の起伏のない人間でも、演劇を観たりやったりすることによって、感情の持ち方を学べる、ということがある気がするんですが。

平田それはあると思います。たとえば、他人の感情を理解するのが苦手な自閉症の子に、何度も「わーい、わーい」と手をあげさせてみます。そうすると、なんとなくでも「うれしいってこういうことかな」とわかってくる。
 要は、体を動かしてみることによって、感情を学ぶということですね。これは、実際に自閉症の子どもの訓練で行われていることです。

――なるほど。感情のあり方について、「人は悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」という説がありますね。要は、体の反応が先にあって、感情は後で作られる、ということですが。

平田そういうことですね。ただ、最近の心理学では、体か心かどちらが先かというよりも、双方向に影響を与えているっていう説が主流になっていると思いますけど。

――平田さんは、常々「人間に心はない」「自分はロボットと同じだ」とおっしゃっていますが……本当にそうでしょうか?

平田うーん、心があるかどうかというのは、「神様がいるかどうか」という話と同じようなものかなぁ。
 じゃあ、神様はいると思いますか?

――僕は、いないと思います。

平田まあ、今の日本人に聞くと、「神様はいない」と答える人の方が多いでしょう。でも、18世紀のヨーロッパでそんなことを言ったら、火あぶりになっちゃいますよ。

――要は、いるかいないかは時代の中で決まってくるということでしょうか?

平田決まるかどうかもわからないですけど。そんな単純な問題ではないので。でも、僕は神も心も存在しないと思っているけど、それを信じている人がいることは理解している。そういうことですね。
 僕は、心というものは個人の中にあるんじゃなくて、対人関係の中にあるものだと思ってるんですよ。

――どういうことですか?

平田人は、自分の中に本当に心があるかどうかはわからない。でも、他人と接する中で、「この人は心を持っている」と確かに感じることはできますよね。
 そして、そう感じられるからこそ、自分にも同じように心があると思うんじゃないか、と思うんです。

平田オリザ

――つまり、心が実在するかどうかじゃなく、「それが外から観察できるものかどうか」という視点で捉え直しているんですね。

平田そう。実際、人はロボットにも心があると感じることができるんですよ。僕は大阪大学の石黒(浩)先生とロボット演劇を作っていますが、観た人はみんな、「ロボットに心を感じた」と言いますから。

――ロボット演劇を何本か拝見したんですが、ロボットは事前にプログラミングされた動きをしているだけなのに、確かにそう感じました。

平田そうなんです。数値化されたロボットの動きにも、人は心を感じる、ということを、僕と石黒先生は証明したんですね。
 そして、その動きはすべてパラメーターで表せますから、将来、自閉症や失語症の方の訓練やリハビリにも役立てることができるんです。

構成:西中賢治、撮影:加藤麻希

(更新日:2016年1月8日)

Series シリーズ

Ranking/人気の記事(書籍/雑誌)

Pick up ピックアップ

人気キーワード

Category カテゴリー

HOME