ここは、とある冬の長い村。冬をもたらすオオカミ「冬の神様」の住む森がそばにあるために、そこにはなかなか春がやってこなかった。「春を呼ぶ」という不思議な力を継承する少女リリーは、長い冬を終わらせ、止まっていた季節を動かすために、今年も愛馬に乗って村中を巡る。※本記事は、桜小路いをり氏の小説『春を呼ぶ少女』(幻冬舎ルネッサンス)より、一部抜粋・編集したものです。
春を呼ぶ少女
リリーは、そんな「春を呼ぶ少女」の血を引いています。そして、フルールもまた、両親を次々にたどっていくと、物語の中の馬に行き当たるのでした。
この家系に生まれた子どもは、毎年馬に乗って春を呼ぶ親の姿を見て育ち、大人になるとその仕事を受け継ぎます。春を呼ぶ仕事は、代々受け継がれている大切な役目なのです。
三年前の冬に両親を流行(はや)り病で亡くしたあと、リリーは、亡くなった母親に代わって春を呼ばなければなりませんでした。たとえ涙がこみあげてきても、強く顔を上げて春を呼ぶことができたのは、フルールと、やさしい村の人たちのおかげでした。
村のはずれでフルールと共に暮らしているリリーのことを、村の人たちはいつも気にかけてくれています。そして、村の人たちは、物語の中の少女になぞらえて、リリーのことを「春を呼ぶ少女」と呼ぶようになりました。
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両親を恋しく想う日も、悲しみがこみあげてくる日も、リリーのそばには、いつも、フルールとやさしい人々がいます。
たくさんの人のやさしさと温かさに照らされているおかげで、リリーは、「春を呼ぶ少女」としての役目を果たすことができるのでした。
村を抜けた先には、大きな雪原が広がっています。そして、さらにその向こうには、深い森がありました。
「フルール、どうぞ。念のため、森には入らないでね」
手綱をはずすと、フルールは、はずんだ足取りで雪原を走り回りました。真新しい雪が降り積もった雪原に、足跡がいくつも刻まれていきます。
「いいお天気」