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valknee、MFS、LEX & LANA……ヒップホップらしい“新しさ”を感じた国内ラップミュージック

Real Sound

valknee『Ordinary』

 ヒップホップは常に新しくなくてはいけない。まるごと全部が新しいアイデアでなくても、どこかに新しい何かが盛り込まれるべきだ。それは言葉の選び方でも、組み合わせ方でもいいし、単語の発音の仕方、トラックの選び方、乗せ方……。テクニカルなことだけでなく、ラッパー自身の個性でもいい。プラスワンモアを感じたい。一般社会だと新しさは違和感と捉えられることも少なくないが、ヒップホップでは「フレッシュ」と歓迎される。違和感が許容される文化なのだ。今回は2024年4月に発表されたフレッシュな新作を紹介していく。

(関連:MFS、1stフルアルバムより「Combo」MV公開 自身初単独公演となるリリースライブ開催も

 まず想像を越える素晴らしいフルアルバム『Ordinary』を完成させたvalkneeだ。会社員として働きながら、アーティスト活動もこなす彼女は、『ラップスタア誕生 2023』に参加し、人気ポッドキャスト「ラジオ屋さんごっこ」で濃密なカルチャートークを展開、Spotifyではプレイリスト「Alternative HipHop Japan」を定期更新している。活躍の幅があまりにも多岐に及んでいるので、どんなアルバムになるのか想像もつかなかったが、なんとこれまでの動きをすべてアルバムで回収してしまった。アルバムのサウンドは、彼女がセレクトする「Alternative HipHop Japan」の延長線上にあるレフトフィールドなエレクトロミュージックが中心で、ラップにはさまざまなイベントで鍛えられてきた胆力を感じさせた。リリックはどれも素晴らしい。個人的には「Over Sea」の〈ちっさい声が伝わる/バカなミームみたいに/誰かしらに繋がる/点が線になってる/誰か誰か!じゃない/ないならつくる/輪になんかなんないでも/You stand out 飛ぶ〉というラインに感動した。彼女はクレバーで努力家でセンスもある。そして完全にインディペンデントだ。前述のさまざまな動きは(企業や“大人”の力を借りず)基本的に独り、もしくは数少ない仲間と工夫しながら草の根で活動してきた。valkneeはラッパーのステレオタイプからかけ離れているが、泥臭く続けることで独自のファンダムを作り出した。そしてその存在は海外からも注視されている。細部まで作り込まれた本作はこれからどんどん評価されていくだろう。なお7月7日にWWW X、WWW、WWW βで開催されるサーキット型イベント『Crash Summer』にも出演する。

 次の作品はMFSのフルアルバム『COMBO』。バックDJを務めるビートメイカー・RUIを中心にさまざまなクリエイターたちと作り上げた。MFSは東京出身・大阪在住のラッパーで、2022年には彼女の楽曲「BOW」が人気ゲーム『Overwatch 2』に使用されて、世界45の国と地域のSpotifyバイラルチャートにチャートイン。アメリカ、イギリス、カナダ、ドイツ、フランス、オーストラリア、グローバルで1位を獲得した。また世界的なダンスミュージックYouTubeチャンネルの「Boiler Room」にも出演している。そんなヒットに浮かれることなく、こつこつとライブを重ねながら完成させたのがこの『COMBO』だ。MFSの特徴は重心をビートの後ろに置くレゲエ乗りのラップ。サウンドはパーカッションとベースが強い、UKテイストのダンスミュージックだ。ドラムンベースを彷彿とさせるトラップや、ジャジーなギターを乗せたドリルなど、一筋縄ではいかない楽曲が多数収録されている。MFSのラップがハイセンスなトラックと絡み合って生まれるポリリズムが本作の聴きどころ。リリックは淡々と自分と向き合うストイシズムが中心。だがなんと言っても最高なのは、彼女のつくろわないラフさにある。スタイリッシュだが自然体。そのバランスがいい。個人的には「New World」の〈こんりんざーーーーーーい/考えなーーーーーい/I’m only one/等身大ーーーーー〉が大好きだった。なおMFSは昨年出演したヒップホップフェス『POP YOURS 2023』でダンサーチームを従えて、非常に完成度の高いパフォーマンスを披露して観客の度肝を抜いた。今年も5月に開催される『POP YOURS 2024』への出演が決まっているほか、6月28日にはWWWにて初のワンマンライブを開催することが決まっている。

 最後はLEXとLANAの兄妹コラボ曲「明るい部屋」を紹介したい。この楽曲は『POP YOURS』の企画の一環で制作された。LEXはMZ世代の感性をキャッチして、トラップのビートとともに瞬く間にスターに駆け上がった。その妹・LANAは今年4月に20歳になったばかりのブライテストホープ。こぶしを利かせた歌唱が特徴で、日本におけるソウルの表現方法を完全にアップデートさせた。2人はこれまでも共演してきたが、面白いのはプロデューサー。BAD HOPなどでおなじみのZOT on the WAVEと、ドラマ主題歌など数々の名曲を生み出してきたSTUTSが、STUTS on the WAVE名義で制作している。哀愁漂うシンセのメロディに、クラブ仕様の鳴りで響くベースとハイハット。そこに骨太のスネアが絡む。日本のヒップホップシーンのアイコンが集結した感がある。ありそうでなかった意外なコラボ。しかも細分化したヒップホップシーンを再集結させるようなメッセージも感じる。ZOT on the WAVEの曲が好きなリスナーは、STUTSを聴く機会は意外と少ないだろうし、逆もまた然りだ。別に誰が何を聴こうと自由だが、いろんな音楽をたくさん聴くことで気づける面白さもある。フェスの企画曲でこんな意味のある提案ができることにフレッシュさを感じた。

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 最初にも書いたが一般社会では新しさは違和感と捉えられることが多い。だがヒップホップでは歓迎される。ヒップホップが好きだからこそ、固定観念に縛られずオープンマインドに音楽を楽しみたいと感じさせられる4月であった。

(文=宮崎敬太)

 
   

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