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松山ケンイチ、『虎に翼』で異彩を放つ存在に 桂場役で見せる“表現の可能性”

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『虎に翼』写真提供=NHK

 放送中の朝ドラ『虎に翼』(NHK総合)における松山ケンイチの存在が、その演技が、じつにいい味を出している。

参考:松山ケンイチ&小林薫は“信頼”できる! 『虎に翼』が序盤から問いかける“現在も続く不平等”

 法曹の世界を描いた本作で彼が演じているのは桂場等一郎。司法の独立を重んじる、気鋭の裁判官である。ヒロイン・寅子(伊藤沙莉)の父・直言(岡部たかし)らが汚職を疑われ、ここしばらくは重苦しい展開が続いていた。この展開を左右するのが、裁判官を務める桂場なのである。
 
 桂場は法曹の世界で将来を嘱望される存在であり、弁護士を目指す寅子にとっては手強い先輩。のちに寅子は日本で最初の女性弁護士になることが分かっているわけだが、劇中で描かれている当時はまだ女性への風当たりは冷たい。桂場はたびたび寅子の前に立ちふさがっては、女性が法律を学ぶことに疑問を呈してきた。それに彼は堅物で自身の腹の内を見せないため、私たち視聴者としても敵なのか味方なのか判断しかねているところだ(きっと心強い味方になってくれるはずだと誰もが信じているが)。

 演じる松山は終始、能面のような顔を維持していかめしい雰囲気を放ち、コミカルな展開も多々見受けられる『虎に翼』の世界観において異彩を放ってきた。発する声は重々しく、その足取りも絶えずおごそかだ。松山のパフォーマンスの一つひとつは、本作が描く物語を“締める”ような役割も担ってきた。それでいて『虎に翼』の住人たちも、私たち視聴者も、誰もが掴みきれない人物像を作り上げてきたのだ。

 その一方で、桂場がテコでも動かないような人間だからこそ、寅子が法の道を歩むきっかけを得られたのも事実。彼は団子を片手に寅子の意志を否定し、母であるはる(石田ゆり子)の逆鱗に触れたのだ。 “団子を片手に”というのがミソ。番組公式サイトの桂場の人物紹介欄には「実は甘党」とある。個々人が何を嗜好品とするかはさまざまだが、彼が甘党だというのはキャラクター設定の妙を感じずにはいられない。松山が硬質な演技を展開する中で団子片手に見せたあの一瞬の“ゆるさ”は、石田の言葉の応酬との相乗効果によって出色のシーンとなった。キャラクターを構成する細部をシーンの流れに合わせて最大限に活かしてみせた松山の力量に、「さすが」と唸るしかない。

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 本作の公式ガイド『連続テレビ小説 虎に翼 Part1』(NHK出版)にて、松山は桂場について「桂場という役は実在の裁判官がモチーフになっていて、その方は剣道家でもあったみたいです。武の精神を持つ人をイメージし、多少のことでは動じない、幹の太い大木のごとくドシっとした佇まいを意識しています」と、演じるうえで意識していることを語っている。さらに「ただ、資料に縛られると役の幅が狭まるので、演じながら表現の可能性を探っています」とも。

 松山の語る「表現の可能性」が垣間見えたのは、まさにあの団子屋のシーンがそのひとつなのではないだろうか。自身の思い描くイメージばかりを頑なに守っていては、真のドラマは生まれない。他のキャラクターも同じように生きている物語世界において、他者を受け入れる演技者としての器を持っていること。そして、他者が入ってくる演技の余白を残しておくこと。これが俳優というものなのだと改めて思う。

 大河ドラマ『どうする家康』(2023年/NHK総合)では本多正信という、どうにも胡散くさい家康の家臣をひょうひょうと好演していたことも記憶に新しい松山。『虎に翼』はまだまだ続く。これから彼はいったいどんな「表現の可能性」を見せてくれるのだろうか。主演の伊藤との軽妙な掛け合いにも期待大。ともあれ、彼が演じる桂場等一郎はいま、本作の展開を左右する重要なカギを握っている。
(文=折田侑駿)

 
   

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