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声優とキャラクターの“同一視問題”を考える “マルチタレント化”も影響か?

Real Sound

声優イメージ画像

 アニメ作品の増加に伴い、声優にとっての“代表作”が増えている昨今。アニメ声優とそのキャラクターを同一視することに関して賛否両論が巻き起こっている。いわゆる「キャラ=声優思考問題」や「同一視問題」と呼ばれるこの問題は、キャラクターと声優を重ね合わせて楽しむファンがいる一方で、そのような同一視に違和感を覚える人もいるという、複雑な様相を呈している。

参考:『ちびまる子ちゃん』TARAKOさん後任の菊池こころはどんな声優? “交代問題”を考える

 例えば、人気漫画を原作とするドラマで主人公を演じる俳優を考えてみよう。仮にそのドラマが大ヒットし、俳優の演技が高く評価されたとしても、俳優自身が漫画の主人公そのものになることはできない。あくまでも俳優は原作を解釈し、自身の演技力で主人公を表現しているのであって、ドラマの放送終了後も俳優を主人公本人として扱い続けることには違和感がある。

 そして本来、アニメも同様の性質を持っている。アニメは原作者、監督、声優、脚本家など、様々な人々の創造性が融合した複合芸術作品だ。その中で、声優だけがキャラクターの本人として特別視され、なりきることが許されるのは不自然だと感じる人もいるだろう。

 特にアニメ声優は、声だけをキャラクターにあてるのであって、他の身体的特徴を直接的にキャラクターに与えているわけではない。つまり、アニメ声優はアニメ・キャラクターと声以外の姿形上の共通項が存在しないのである。映画俳優や舞台俳優のように、俳優の身体をベースとするような“肉体の痕跡”として、“声”が該当するのかという考え方もある。

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 では、なぜこうした「キャラ=声優思考問題」が叫ばれるようになったのか。

 その背景には、声優の“マルチタレント化”が進んだことが大きく影響していると考えられる。現在、声優がドラマ出演やアーティスト活動など、様々な分野でボーダレスに活躍している。声優がキャラクターの代弁者としてメディアに登場する機会が増え、声優によってはファッションを一時的にキャラクターに寄せてみたり、SNSで「なりきり」とも捉えられる発信をする者もいる。こうしたアフレコ現場以外の、“見える場所”で、声優がキャラクターについて触れる機会が増えたことで、キャラクターと声優の同一視が進んだのかもしれない。

 ファンにとって、“見える場所”の一番わかりやすい例が、アニメ作品の世界観を実現したリアル世界でのライブ活動である。例えば、テレビアニメ『アイドリッシュセブン』に登場するグループのライブイベント『ŹOOĻ LIVE LEGACY “APOŹ”』や長年ファンを熱狂させ続けている『ラブライブ!』シリーズのライブイベントなどは、キャラクターを演じる声優たちがパフォーマンスを行う。アニメイベントとしてのクオリティの高さは素晴らしいことは前提として、「キャラ=声優思考問題」の視点で言えば、推しの声優を推しのキャラクター本人として扱うライブに違和感を持っている層がいることも事実だ。

 一方で、アイドルジャンルのライブなどで、声優を見て「○○(その声優が声を当てているキャラクター)が存在していた……」と感じるファンもいる。声優がキャラクターになりきってライブをするようなコンテンツでは、ライブ中に限って同一視することもあるかもしれない。また、全ての声優に対してキャラと同一視をするのではなく、“推し声優にだけ”キャラ=声優思考になるファンもいるはずだ。

 さらに、これらのトピックが声優の間でも共通認識のトピックとして扱われていることがわかるやりとりもある。

「すぐ役と声優さんを合致するなお前らは!」

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