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東大卒業後、無職と離婚を経て東洋哲学に開眼……しんめいPが憧れる、陽キャとしての空海

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ーーただ、学生時代はそこまで深くはのめり込まなかったそうですね。本格的に読み込むのは、就職などを経た後に無職になって実家に戻った頃だそうです。

しんめいP:今振り返れば、学生時代はまだ人生経験が足りなかったと思います。大学時代の僕の蔵書が実家の本棚に並んでいたので、30代になってから改めて、鈴木大拙などの東洋哲学の本を手に取ってみました。それが無職になって離婚までしたタイミングで読むと、深くわかるようになっていたんです。

 僕は新卒の会社を辞めた後、鹿児島の離島で先輩の元で働いていたことがあります。東京の資本主義の世界に疲れてしまって、田舎で反資本主義のような生活を送りたいと思いました。でもそれがうまくいかずに挫折してしまって。そこでは資本主義と反資本主義の振り子に疲れたような感じがありました。つまり「Aが正しい」と思っていて、ある時にそれが違ったと気づくと、Aとは正反対の考え方に傾倒する。その振り子に疲れてニヒルな感じに陥って、何も信じるものがなくなっていました。そこで東洋哲学の本を読むとしっくりくるものがありました。

空海は一周まわって陽キャ

ーー本書は東洋哲学について書いたブログが編集者の目にとまって執筆することになったそうでした。ブッダ、老子、荘子、親鸞、空海などを各章で紹介していますが、しんめいPさんが特にお好きな人物はいますか。

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しんめいP:みんな同じぐらい好きですね。8人のお子さんがいらっしゃるビッグダディは「子どもは全員平等に好き」と言っているみたいですけど。でもやはり自分の生まれ育った環境もあって、空海にはある種、特別な感情を抱いています。だから最終章で扱うなど、やや特別扱いしたのかもしれません。

ーー空海はどういう人物だったんでしょう。

しんめいP:空海は一番無職っぽくない人なんですよね。地元の香川にダムを作るような社会事業までしていました。社会においてめちゃくちゃ精力的に活動していた。つまり、陽キャですね。基本的には東洋哲学の思想家たちは陰キャなんですけど、空海は一周まわって陽キャなんですよ。僕自身が陽キャになれないので、憧れるところがあります。

ーー空海の思想は密教と呼ばれるものだそうです。

しんめいP:仏教はお釈迦さん(ブッダ)の時代に始まり、その後に弟子たちがその「無我」という教えを、超複雑にまとめていった時代がありました。弟子たちは分裂してしまって、その解釈で大論争に発展します。そこで龍樹という天才が出てきて、仏教の考え方を「空」という思想にまとめることになります。そのおかげで仏教がシンプルになって、多くの人に受け入れられる「大乗仏教」が広がっていきますが、これは「仏教シーズン2」みたいな感じですね。密教はそのシーズン2の最後のほうで登場します。果物でいうと、熟しきって腐りかけているような状態です。

 仏教、たとえば禅は、無の心によって、現実世界においてどんどん引き算をしていく。言葉をどんどんなくしていって、最後に見えた景色を見ようとするわけです。でも空海はそれを突き詰め過ぎたゆえに、もう逆に押さえ込んでいた怒りや性欲の存在さえ肯定するところに反転してしまう。まるで死の直前のような状態ですが、よく言うならば仏教の最終形態が密教なのだと思います。

ーーどのような考え方なのでしょう。

しんめいP:それまでの仏教の修行、つまり悟るための方法論を覆してしまうようなものでした。即身成仏といって、自分自身を身(体)、口(言葉)、意(心)の三密において、大日如来(ブッダの究極の悟りの状態)と一致させようとするんです。同じポーズをして、密教の真言呪文を唱えることで心を一致させようとする。

正直、僕は最初に本で読んでも全然ピンときませんでした。でもこれはハリー・ポッターになりきる子どもみたいなものなんだと思ったんです。USJのハリー・ポッターのアトラクションに行った時に、子どもたちが衣装を着て呪文を唱えているのを見たんですね。あのテンションでブッダになろうとすることなんだと思いました。

 しかしこれはかなり陽キャな発想だと思いました。僕はどちらかというと陰キャなので、批判的思考をしたくなります。「それでブッダになれたら、苦労しないでしょ」と突っ込みたくなるところもある。でも本気で実践してみると、そんな小賢しい論理を超えていくようなところがありました。密教に関しては本を読むだけではわからないように感じたので、偶然出会った真言宗のお坊さんを頼って実際に護摩や山登りの修行を体験させてもらったんです。そうしたお坊さんのコミュニティの中で実践すると、なんとなくわかってくるようなところがありました。

陰キャ的な発想を打破してくれるのが龍樹

ーー陽キャと陰キャという分け方が面白いですね。逆に陰キャでおすすめの思想家はいますか。

しんめいP:陰キャだったら、龍樹だと思います。僕はインドのひろゆきと呼んでいます。顔がめちゃくちゃ似ていて、同じように理詰めなんですよ。龍樹は論理を構築するというよりは、基本の論理をすべて解体していくんですが。

 特に「自分は人よりも頭がいい」と感じているようなインテリこじらせ系の人におすすめです。そういう人は脳内で批判的な思考がある。例えば、僕は自分が軽薄な人間だと思っていますが、そうであるがゆえにリアルサウンドさんのインタビュー取材を受けるべきじゃないという論理を構築する。つまり「私は軽薄な人間である。リアルサウンドさんは本質的に突き詰めてきた人たちがインタビュー記事に登場している。ゆえに私は出るべきじゃない」という三段論法を構築して閉じこもってしまう。でも周りから見ると「いや、そんなこと言ってないで、受けちゃいなよ!」と思うわけです。なに一人でウジウジ悩んでいるんだと(笑)。そのように陰キャ的な発想を打破してくれるのが龍樹なんです。前提のところがフィクションであることを指摘して、全段階においてそれが原理的に成り立ってないことが明らかにしていく。

ーー世の中のものは、すべてが空であってフィクションであると。

しんめいP:例えば「自分は無職で弱い人間です」と自己定義をしてみます。でも隣に何十年も引きこもっている人がいたら、相対的に自分は強い人間に見えるかもしれない。つまり、ある論理空間において、比較対象がいて初めて「弱い」「強い」ということが成立するわけです。結局、ここで想定されている「自分」は実体を持たない。空=フィクションなんですよね。でも成り立ってない論理をもとに、自分の行動に限界を作ってしまっている。それを打破してくれる思想だと思います。

ーー最後に読者に向けてメッセージをお願いします。

しんめいP:東洋大学の哲学研究者・清水高志先生がXで発言されていた「(日本人は)自分の文明の根源を見直そう」という趣旨の言葉に、僕はすごく感銘を受けました。自分自身、資本主義と反資本主義の間で悩んでいた時に、東洋哲学を知ることによって自分の足元を発見したような感覚がありました。

 東洋哲学には知的な研鑽と蓄積が膨大にあります。本来、身近なものであるはずなのに、今の時代は蔑ろにされてしまっていると思います。仏教と言っても葬式のイメージしかない方も多いと思います。でも、一度そこに光を当てて思想を学んでみると、生きることが楽になるかもしれません。

(文=篠原諄也)

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