「ということは、健太は乗ってなかったんだな。なんでそれを早く言わなかった」
間があった後、健太は「言えなかったんだよ」と元気なく言った。
「なんで!?」
つい強い口調になる。
「わかった。真犯人に脅(おど)されたんだな? 誰だ?」
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「そのくらいにしとけよ。刑事の取り調べじゃあるまいし」
赤星先輩が諫(いさ)める。
「真犯人なら目星はついてるさ。襟足がちょー長いヤンキー」
絆創膏は喧嘩の勲章ではなかったのか。
「ちょっと待ってください。それが事実なら警察がとっくに逮捕してるでしょう」
「してないからこうして今、懸命に調べてるんじゃないか。あいつら、被疑者がわかっているからと、血痕を詳しく調べる必要性がないと判断したのかもしれないな」
あのとき赤星先輩が首を捻ったのは、こうした理由があったのか。
「見つけたぜ」
赤星先輩が喜々として、空いた手で地面を指した。眉をひそめつつ、俺は黒い布切れで覆われた箇所を覗き込んだ。
「ホントだ。青白いものが光ってる」
「たぶんヤンキーの血痕だな。事故当時、ミネラルウォーターで薄め、現場を綺麗に洗浄したみたいだが、見てのとおりルミノール反応が出た」
「ミネラルウォーター? なんでそんな具体的なものまでわかるんです?」
「ドリンクホルダーに挟まってただろ、空っぽのペットボトル」
言われてみればたしかに。
「しかも逆さま」
「え」
その事実には気づいていなかった。赤星先輩の観察眼には恐れ入る。
「健太くんが買ったそうなんだが慌てて真犯人が挟んだとしか考えられない。オレ、疑問に思ってたんだよ。加害者の血痕がないことに。だから調べることにしたんだ」
人差し指で地面を示しながら、赤星先輩が補足説明する。
「ぶつかった反動で加害者の身体が投げ出されたとしたらこのへんか。マウンテンバイクを挟んで、老女が倒れていた場所から同じくらいの距離だな。ところで、指紋はどうだった?」
「健太のしか検出されませんでした」
「ということは、真犯人が拭き取ったんだな。指紋が付着していると思われるところを。そしてその後、健太に改めてハンドルを握らせた、ってとこか」
俺は健太に顔を向けた。健太が「うん」と小さな声で返事をする。
「こりゃあ、真犯人一人の仕業じゃないかもしれないぞ。共犯か、入れ知恵した人間がいるはずだ。おそらくそいつは母親だろう」
茶髪ロンゲのヤンママか。第一発見者のおばあちゃんが彼女の家に駆け込んでこなかったらそのまま放置していたかもしれない。
「当たり前のことしただけ」と謙遜していたくせに、かなりのワルだ。許せない。絶対に許せない。
「さてと」
赤星先輩は、ルミノール反応実験キットを俺に差し出してきた。
「後のことはウブ平に任せた。じゃあな」
俺は感謝する一方で、大いに反省した。赤星先輩の顔を二度と見たくないと思った自分を。同時に、明王、光司、幸広が赤星先輩を慕う理由がわかったような気がした。おそらく三人も助けてもらったことがあるのだろう。絶体絶命のピンチを赤星先輩に……。
【前回の記事を読む】母にお前の天神様とはなんだい?と聞かれ、「俺にとっての天神様は……」