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映画作家舩橋淳の「社会の24フレーム」連載 第8回 FRAME #8:まだ見ぬ映画言語のためのアプローチ論(4)  ―Authentic Will (真なる意志)―

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臼田あさ美演じる主人公の栞(しおり)と、彼女の夫を不意の事故で殺してしまった三浦貴大演じる工(たくみ)が恋に落ち、一晩を共にしたあとの翌朝、二人は偶然自動車事故を目撃し、血まみれの被害者男性に泣きすがる妻の姿を目撃する。栞は過去を思い出してしまい、その場から逃げ去り、工が後を追って森の中の暗い木陰で対峙する場面である。シナリオのシーンをまずはざっと読んでいただきたい。

ここで、オブジェクティブを前回の反対にしてみる。
前回のオブジェクティブは、

 栞のオブジェクティブ 「工を 遠ざけたい」
 工のオブジェクティブ 「栞に 近づきたい」

であったが、これを反対にし、

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 栞のオブジェクティブ 「工に 近づきたい」
 工のオブジェクティブ 「栞を 遠ざけたい」  

とする。これをベースに、以下のように、俳優と話し合いながら「腹の底」の気持ちの補足をするのがいいだろう。

栞は、被害者と加害者の対立関係にある二人が結ばれてはならないと理性では分かってはいるが、心の底では工に強烈に惹かれている。「工に 近づきたい」と腹の底で感じているのだ。なので、「こんな事、誰も許さない! 出来ない!」という拒絶のセリフを言いながらも、工を愛する気持ちを止めることができない、そんな身体のあり方になるだろう。視線を避けたと思えば、おそるおそる彼を見たり、体や顔の向きも離れたと思えば、想い溢れるように近づいたり、このオブジェクティブをずっと腹の底に持ち続けることで、そのような揺れと葛藤が演技に出てくるだろう。

一方、工は口頭では「俺はその全て背負った上で、あなたと一緒にいたい」といいつつも、彼女の夫・健次を事故に巻き込み殺してしまった加害者としての罪悪感に苛まれており、栞を直視できない。栞に向き合うと、足がビクついてしまうような恐れを感じている。だから、「あなたと一緒にいたい」といいつつも栞と視線が合った途端、怖くて視線をそらし、呼吸が荒くなってしまったり、と工の心の葛藤を演技に落とし込む補助線に、このオブジェクティブ「栞を 遠ざけたい」がなるのだ。

 ここで、重要なのはオブジェクティブを対立させること。そうすればドラマが生まれる。
オブジェクティブとは「俳優による自分自身への演出」。それを監督(演出家)と相談しながら、練り上げてゆく時のガイドラインである。オブジェクティブを、同じシーンを演じる相手役の俳優と対立させれば、そこに摩擦が生じ、ドラマになる。そのためには、脚本を読み込み、全体におけるそのシーンの意味と、セリフの背後に込められた意図、人物の心理的状況をすべからく分析し、考え抜くことが求められる。そして、そこには1つの正解があるわけではない。対峙する俳優の演技との関係性の中で有機的に変化するものである。

上記の例「オブジェクティブをひっくり返す」は、現場でリハーサルをやってみた時、俳優が演技に気持ちが入りすぎて平坦に感じられる時や、もう少し人物の気持ちに奥行きを感じたいと思える時に有効な方法といえる。

 そして、もう一つ重要な補助線がある。
“Authentic Will”では、映画やドラマの脚本を最初から最後まで各シーンに一つずつのオブジェクティブを設定する。(1シーンに複数のオブジェクティブを設定できるのでは?という議論もあるが、ここでは省略する。基本は1シーンに1つである。また前後のシーンで同じオブジェクティブが継続することもある)前例の作品で言えば、

「桜並木の満開の下に」における主人公・栞のオブジェクティブの変遷

オブジェクティブ       シーンの流れ
「健次(夫)を 守りたい」  (平穏な新婚生活) 
「健次(夫)に 近づきたい」 (健次事故死の後)
「工を 打ちのめしたい」   (工が加害者だと知った時) 
「工を 遠ざけたい」     (工と同じ工場で働いている時) 
「工と 話してみたい」    (すべて工のせいではなく、事故だったと知った時) 
「工に 近づきたい」     (工が罪悪感に苦しんでいると知った時) 
「工に 触れたい」      (工と向き合った時) 

(※オブジェクティブは、すべて身体的な動きを表す言葉に落とし込む。
例:「工を愛したい」NG→「工を見つめたい/工に触れたい」OK)

このようにオブジェクティブの変遷を作品全体で俯瞰してみたとき、なんとなくそのキャラクターの共通の特性が浮上する。これを「SPINE(スパイン=背骨)」という。ここでいえば、栞は「真っ直ぐな、激情の女」ということになるだろう。

これは、俳優・演出家が個々のキャラクターの特性を理解するのに役立つ。
大切なのは、脚本を読み込んで各シーンのオブジェクティブを書き出してから、それを総括して帰納的に見えてくるのが「SPINEスパイン」であり、その逆ではないということ。よく「このキャラは、冷淡な人物だから、このシーンは冷ややかな反応でいこう」とアプローチする俳優を見ることがあるが、これは「SPINE」を先に決めてしまうことを意味し、そうすると、セリフに潜むシーンの意味への理解がおろそかになり、まるで頭でっかちの浮いた演技になってしまうことが多い。あくまで、脚本をオブジェクティブという補助線で徹底分析することで、後からキャラが浮き上がってくる。それがSPINEなのである。

こうして一瞬一瞬を生きる俳優の「腹の底にある意思」が、各々のシーンで一貫していれば、現場で何テイクしようが、シーンの途中で中断されカメラ位置が数回変わろうが、演技はブレない。そうすれば、編集の時もどこでその人物を切り取ろうが、金太郎飴のように「同じ気持ち」の人物がそこに「在る」。人物の実存を突き詰めてゆけば、ここに行き着くのではないか。僕はそう考えている。

(次回へ続く)

WRITER:

舩橋淳

映画作家。東京大学卒業後、ニューヨークで映画制作を学ぶ。
『echoes』(2001年)から『BIG RIVER』(2006年)『桜並木の満開の下に』(2013年)などの劇映画、『フタバから遠く離れて』(2012年)『道頓堀よ、泣かせてくれ!DOCUMENTARY of NMB48』(2016年)などのドキュメンタリーまで幅広く発表。メロドラマ『桜並木〜』(主演:臼田あさ美、三浦貴大)はベルリン国際映画祭へ5作連続招待の快挙。
他に『小津安二郎・没後50年 隠された視線』(2013, NHKで放映)など。2018年日葡米合作の劇映画『ポルトの恋人たち 時の記憶』(主演柄本祐、アナ・モレイラ)を監督。
柄本佑はキネマ旬報最優秀男優賞に輝いた。
最新作はハラスメントとジェンダー不平等を描く「ある職場」。

舩橋淳オフィシャルサイト:

Atsushi Funahashi

※カバー写真 アッバス・キアロスタミ監督の遺作『24フレーム』より

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