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森達也監督、初の劇映画 キネマ旬報ベスト・テン第4位に―「福田村事件」

キネマ旬報WEB


オウム真理教の信者に密着取材した「A」2部作など、社会のタブーに鋭く斬り込むドキュメンタリストとして名を馳せた森達也が実写劇映画を初監督するとの報は、ちょっとした衝撃だった。さらにその題材が、関東大震災直後の千葉県福田村で、香川から訪れた薬売りの行商団一行の幼児や妊婦を含む計9人が地元の自警団員らに殺害された、通称″福田村事件〞の実話をベースにした物語だと聞き、大いに納得するとともに期待値は瞬時にMAXとなった。

 

福田村事件については、震災発生後の混乱の中で朝鮮人の暴動が起きたとの流言蜚語が蔓延し、多くの朝鮮人が虐殺されたのみならず、朝鮮人と間違われた日本人や中国人、無関係の共産主義者らが殺害された歴史的事件の一部を構成する事象として、その存在と名前をうっすら記憶していた。もともと福田村事件のドキュメンタリー化に頓挫しフィクションでの実現を模索していた森と、別ルートで映画化を構想していた脚本家の荒井晴彦が、2019年度の本誌ベスト・テン表彰式で出会い本作の成立に至ったという経緯は、劇場パンフレットなどに詳しい。紆余曲折あり完成した本作は骨太で、かつ繊細で、見る者の心にがっしりと食い込む楔くさびのような力作に仕上がっていた。綿密な取材をもとに想像と創作を加え、疑心暗鬼と同調圧力の下で集団がいかに暴走してしまったのか、その背景と心理を丁寧に組み立てた佐伯俊道、井上淳一、荒井の共同脚本がまず素晴らしい。「人は悪意だけでそんなに人を殺せない。しかし正義や大義があれば、そして集団になれば、多くの人を殺せる」

 


本作演出中の森の言葉だ。虐殺した側、された側、そして傍観した側、事件はさまざまな人物からの視点で、多面的な群像劇として描かれる。朝鮮人と疑われ村人らに取り囲まれた讃岐の行商団のリーダー・沼部(永山瑛太)が発した「朝鮮人なら殺してええんか」の台詞に、感情が激しく揺さぶられ、心と体が引き千切られそうな思いになった。100年前の、大震災発生直後の非常時に起きた″特殊な〞悲劇と片付けるべきではなく、ここで描かれた出来事すべてが、いかに今現在の我々の日常と地続きであるかを痛烈に思い知らされる。

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ブルーレイの特典映像であるメイキングは、戦火のバグダッドなど各地で現地取材を行ってきたフリージャーナリストの綿井健陽が手がけている。現場で森が俳優たちに、今この人はどういう状況で、どういう気持ちでこの場にいるのか、それがどう変化していくのか、役の気持ちをとにかくつぶさに丁寧に、言葉で伝えようとしていた姿が印象に残った。

映画を見終えてふと、森の著作のタイトルでもある「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」という言葉を思い出した。これ自体が逆説的な意味合いを持つフレーズではあるものの、不安にかられ大義を御旗に暴走する集団心理の恐怖を描いた「福田村事件」という作品もまた、逆説的にこの言葉を信じたくなる、信じさせてくれる映画なのだと思えた。

 

文=進藤良彦 制作=キネマ旬報社(「キネマ旬報」2024年4月号より転載)

 

  「福田村事件」
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