田房永子 | 何もしなくても母性が湧いてくるなんてことはない
田房永子 | 何もしなくても母性が湧いてくるなんてことはない
立派すぎる母の理想像への抵抗から、思ってもみなかった性生活まで、母親の実像をありありと綴った常識破りの育児マンガ『ママだって、人間』が注目を集めています。著者は、デビュー作『母がしんどい』で毒母との戦いを描いて話題になったマンガ家の田房永子さん。恥ずかしすぎる葛藤をユーモラスに描く筆力の陰には、田房さんの鋭い洞察力とたくましい妄想力がありました。後編は、「理想の母親像」に押し込められてしまうのは、そして毒母が生まれてしまうのはどうしてなのかに迫ります。
担当編集者の太鼓判
大ヒットした前作『母がしんどい』のほんわかタッチとは一転、田房さんはあえて本作にこのハードボイルドな絵柄を選びました。それは、世間には「ママ」とひと括りにされてしまうお母さんの個性を、ちゃんと一人ずつ描き分けたかったから。抜群の画力のみならず、田房さん独自の観察眼と考察力あってこそ、妊娠出産育児の笑いと涙、絶望と希望、そしてなかったことにはできない「違和感」が1コマ1コマに溢れている本作。ママだって人間、なんて当たり前では? と思う人にも読んで欲しい大傑作です!  

(河出書房新社 松尾亜紀子)

漫画を描くことで、自由な気持ちにはなれたけれど

――作品では、主人公のエイコさんが、社会に理想の「お母さん像」を押し付けられていることに気づいていきますね。田房さん自身もこういったことに気付くことで、「お母さん像」から自由になられたのでしょうか?

田房永子 (以下、田房) いや、私も、実際には自由になれていないですよ。

田房永子

――そうなんですか。

田房ただ、こういった作品を書いて、共感してくれる方と話をする機会が増えたから、現実世界で「お母さん像」を押しつけられても、あまり気にならなくなりました。
 でも、社会的にはなにも変わっていません。やっぱり、社会の考える「お母さん像」にある程度合わせないと、お母さんをやることって、難しいと思うんですよね。

――漫画で表現することで気持ちはラクになったけど、現実世界は変わっていない、と。

田房こういった作品を書くことで、世の中を少しでも変えれたら、という気持ちではいるんです。

「お母さん像」の問題と、「毒母」問題はつながっている

――今回取り上げさせていただいている『ママだって、人間』と、他の著作とは、どういった関係なのでしょう?

田房私が今までに出した『母がしんどい』『ママだって、人間』『呪詛抜きダイエット』は、根本的には、社会に存在する同じ問題について描いているんですけれども。

――三作ともつながっている、ということですか?

田房そうですね。娘へのコントロールが行き過ぎる毒母(※1)をめぐる、自身の体験をコミックにした処女作『母がしんどい』を書いていたときは、私の家庭の中だけでの問題をテーマにしたつもりだったんです。でも、漫画を世に出したら、同じような家庭で育った人から多くの反響をいただいて、この問題は、個人や一家庭の問題じゃない、と気づきました。

※1 子どもに悪影響をおよぼしてしまう、機能不全家庭の母親のこと。アメリカの精神医学者、スーザン・フォワードが著した『毒になる親』から生まれた俗語「毒親」の派生語。

――なるほど、社会的な背景がある問題だ、と。

田房そうです。その後自分が子どもを産んだとき、以前から書いていた「毒母」の問題と、自分が母親になったときの息苦しさがリンクしたんです。「こんな息苦しさを感じていたら、子どもによくない影響がいくわ」って。

田房永子

――たしかに、『母がしんどい』では、主人公のエイコさんのお母さんが、「自分はいい母だし、いい母娘関係にある」、と主張しつづけますよね。まさに、社会が提示する「お母さん像」に、エイコさんのお母さんが押しつぶされていた、ということなんですね。

田房そうなんですよ。「毒母」と呼ばれるお母さんたちは、理想の「お母さん像」を押し付けられる窮屈さから生まれてしまうんです。
 『母がしんどい』に共感してくれた人たちに話に聞くと、「毒母」たちに共通していたことは、やっぱり「世間体」をものすごく重視していた、ということでした。

――こういったお母さんは、具体的にはどういったことを子どもにしてしまうのでしょう?

田房「毒母」たちは、進路や、髪型・服装に、行く場所にやること、さらには感情まで、「そんなことは悲しくない!」「悲しむ必要なんてないことなんだから、はやく忘れなさい!」と先に決めてしまう。子どもって、「今、私がどう感じているか、どう考えているか」というのを噛み砕かないとなかなか成長できないと思うのですが、こういうお母さんって、子どもにそういう作業をさせてくれないんですよね。

――お母さんの感じる窮屈さが、子どもの成長をさまたげる枷(かせ)に……。

田房「毒母」たちは、子どもがそのとき思っていることに向き合うよりも、「世間体」を重視して物事を進めてしまう。これは、お母さんたちがこの「お母さん像」に縛られすぎてしまっていることが原因だと思うんです。だから、お母さんたちを窮屈にする構造をはずさないかぎり、「毒母」問題を解決することはできないんですよ。

――まとめると、まず、『ママだって、人間』で描かれていた問題が、『母がしんどい』のエイコさんのお母さんを生み出してしまう、と。

田房そうです。そして、その結果、『母がしんどい』のエイコちゃんが大人になると、お母さんから離れられなくなってしまいます。今までいろいろな物事をお母さんに決められてきていて、自分で考えられないから、お母さんに代わりに決めてもらわないと不安になっちゃう。

――ええ。

田房こういった、「自分が今、どういう気持ちでいるのかわからない」状態で生きるのは大変ですよね。そこで、母や女親族に植え付けられていた自分に対する思い込みを抜こう、自分の気持ちに焦点を当てよう、ということをテーマにして書いたのが、最新作の『呪詛抜きダイエット』なんです。

「自分の気持ち」と向き合うことの大切さ

――田房さんの著作に共通して描かれている、母親の問題を解決するカギとなるのは、「自分の気持ちと向き合うこと」だ、と。

田房自分の本当の気持ちって、見ないほうがラクに暮らせるじゃないですか。たとえば、満員電車乗るときに「つらい、つらい」と思っていたら、乗りつづけることは不可能だと思います。でも、自分の「嫌だ」という気持ちよりも、「この時間に会社に行かなきゃいけない」という事情を優先して、別のことを考えたり、切り替えたりしているから、満員電車に乗れているわけですよね。

――はい。

田房基本的には、私たちみんなあの状態で暮らしていると思うんです。社会で生きるには、「今、自分がどう思っているのか」を出すのは禁止されてしまっている。
 震災のときも、「買いだめするな」と言われていましたよね。でも、水で街が流される映像を観て怖がらない人なんていないし、平静を失って買いだめをしてしまっても、人間としてそこまでおかしな行動ではないと思うんです。でも、買いだめをする人を、恐ろしいくらい厳しく非難する声があふれて。

――たしかに。気持ちと現実的な理屈がぶつかったときに、現実的な理屈が正論とされ、優先されてしまうことが多いですよね。

田房「そういうことを思うのはおかしい」だとか、気持ちや感情が湧いてきてしまうことまで否定する人もいます。

――うーん、気持ちをコントロールすることは難しいのに。

田房こういった「世間体」のおかげで秩序が保たれているのかもしれないし、今、私たち全員が自分の気持ちを大切にしていたら、社会がぐちゃぐちゃになってしまうかもしれない――だから、「世間体」をなくせ、と言っているわけではないんです。
けれども、個人の生活で、あまりにも「世間体」を優先してると、本当に苦しくなってしまうと思うんですよね。

――ええ。

田房特に、子育てのときは、世間を重視してしまうと、子どもの精神が壊れちゃう。だから、もっと自分の気持ちを大切にする意識を持ったほうが、ラクに子育てできると思うんですが、なかなかそういうことは一般的には言われていないなあ、と思います。

――たしかに、「世間体」のために我慢することって、お母さんも、お母さんでない人も、日ごろから多いのかもしれません。

田房それに、いつも我慢している分、社会で生きていくためのエネルギーを補う場所が絶対に必要なんですよ。

――『ママだって、人間』でも、「母性は、何しなくてもただ湧いてくるというものではない」ということを描いていましたね。

田房そうそう。今の日本では、人に頼ったりだとか、『呪詛抜きダイエット』でも取り上げたようなセラピーを受けたりだとかという、誰かに助けてもらうことがしづらいと思うんです。
 こんな世の中を変えるために、マック赤坂さんみたいに都知事に立候補するしかないんじゃないか……と思い詰めた時期もありました(笑)。だけど自分は立候補するより、漫画で描いたほうが伝わるんじゃないかな、と思って、漫画家でやっていこうって決めています。

田房永子

――あはは(笑)。次にどんな作品をお書きになるか、イメージが浮かんできた気がします。今年の9月には新著をお出しになられると聞いたのですが、どのような作品になりそうですか?

田房9月に出る「うちの母ってヘンですか?」は、母がしんどい娘たち13人のインタビュー漫画です。男性向け性風俗店に潜入取材する文章のエッセイも近々発売する予定です。

――漫画界から小さな革命が起きそうですね! 楽しみにしてます。

聞き手:中島洋一、構成:ケイヒル・エミ、写真:渡邊有紀

(更新日:2016年1月10日)

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