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『VIVANT』は大文字の国家観を問い直す 役所広司の存在感に圧倒

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日曜劇場『VIVANT』©︎TBS

 『VIVANT』(TBS系)第8話は、これまででもっとも劇画的な放送回となった(以下、ネタバレあり)。別班の仲間を撃ち、自らテントに投降した乃木(堺雅人)。囚われの乃木の前にノゴーン・ベキ(役所広司)が現れる。感動的な父子の再会と思われたが、そこに至るプロセスには紆余曲折があった。

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 息子を名乗る男を信用していいのか。ただでさえ、その男は別班を名乗っているというのに。別班は自衛隊の諜報組織で、テントと対立する存在。乃木の言葉を試すように、ベキは黒須(松坂桃李)を撃てと命じた。

 「物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはいけない」とはチェーホフの言葉だが、この場面でピストルは物語のスイッチとして作用する。乃木が銃を手にした直後、ノコル(二宮和也)は自分の銃を乃木に渡す。乃木の銃弾は黒須にはめられた猿ぐつわをかすめ、2発目は空砲として響いた。ノコルは乃木の射撃の腕前を実際に見て知っていたので、黒須を撃った乃木が反転して、その場にいるテント側の人間を銃撃しかねないと危惧した。ベキが乃木を試すことも予測した上で、自分の拳銃と交換したのだった。

 ノコルもベキも乃木に対して不信感を隠そうとしないが、乃木も当然そのような反応は見越していたはずだ。黒須に対して一発目を外したことを精神的な動揺とみる向きもあるが、わざと外した疑惑がぬぐえない。うがった見方をすれば、乃木はノコルが一発だけ銃弾の入ったピストルを渡すと踏んで、黒須を生かすために迫真の演技をしたとも考えられる。殺されなかった黒須が乃木に復讐する動機を抱いたことは、終盤の展開につながりそうだ。

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 前後の乃木の行動を見ても、別班の任務を遂行するためテントに潜入した可能性が否定できない。野崎(阿部寛)にわざわざ自分たちの位置情報を知らせたこともそうだし、拘束されている黒須の健康状態を気にするなど、もし乃木が本当に裏切ったなら必要のない行動を取っている。別人格F(エフ)の影が見えない第8話後半は、乃木自身のモノローグで進行した。複数の語り手が登場する本作で視点の中心が乃木に移ったことは、伝えるべきメッセージがそこにあることを意味している。

 ノコルは乃木をポリグラフにかけ、ベキはノコルの尋問を聞いて自ら問いを発する中で長年の疑問が氷解する。血のつながりを確かめる道具が、乃木家の家紋かつテントのロゴが彫られた守り刀だったことは象徴的で、科学的に結論が出る検査を馬を駆る距離の遠さで表現することで、それ自体一つのドラマとして成立させていた。DNAが一致したことでベキの信用を得た乃木は、テントの内情を知らされて、ノコルの下に配属される。そこで発揮されたのが、乃木の隠れたスペックである重さを量る能力で、テントが運営する児童養護施設で横行する不正を見抜いた。

 テロを生業とするテントの実態は、国に代わって身寄りのない子どもや戦災孤児を育てる慈善事業で、約6億ドルにのぼる収入の一部はそのために使われていた。近年、テントが力を入れてきたのが土地の買い占めで、その資金を得るために大規模なテロを請け負ってきた事実を乃木は知る。「ここ半年が勝負」というベキの目的が、国家規模の領土と資源を持つ自治機構の確立にあるなら、国際秩序や国のあり方に一石を投じることになる。公安や自衛隊といった国内外の治安を担う組織を軸に据えた『VIVANT』は、大文字の国家観を視野に入れている。

 役所広司は登場した瞬間から画面に目がくぎ付けになる存在感で、全編にわたって説得力を与えていた。生き別れになった息子との再会では、空白の日々とその間に積もり積もった親子の情を感じさせた。言葉にならない感情を全身で形にしてみせたのは、さすがとしか言いようがない。濃縮された時間だった。

(文=石河コウヘイ)

 
   

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