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立花もも 今月のおすすめ新刊小説 木地雅映子の10年ぶり新作長編や男性の育児がテーマの作品など厳選紹介

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 でもだからといって、それは、大人たちの過去をすべて否定し、見ないふりをするということではない。清濁すべて受け止めたうえで、輝明が見出したこの世界に対する〝期待〟。この先を生きる未来への、希望。ラストに描かれるそれが、読者の心にもわずかに明かりをともしてくれるのだ。

■山本文緒『自転しながら公転する』

 誰もがこんな恋愛を通過してきているのではないだろうか。……というのは主語が大きすぎるが、まるっきり同じ状況ではないはずなのに「これ私のことだ!」とグサグサくる読者は多いような気がする。安定した暮らしを望むのならば相手はこの人ではない、とうすうす察しながらも、好きという一点で思いきることができず、どうにかして無理を可能にしようと頑張ろうとしてしまう。合理と非合理の間で揺れ動く主人公の姿に、自分だけでなく、何人もの友人たちの姿が重なった。

 主人公は、32歳のアパレル店員・都。東京で、大好きだったブランドの店長をつとめていたが、重度の更年期障害に悩まされる母親を手伝うため、茨城の実家に戻ってきた。ゆえに、仕事は融通のきく非正規。同じアウトレットモールにある回転寿司屋で働く職人の貫一と知り合い、付き合うことになるものの、年下で、おそらく元ヤンで、回転寿司屋の閉店とともに職なしになり、新しい仕事を見つけるそぶりはないのに、都に十万近いネックレスをプレゼントしてくる彼に、不安を隠しきれない。そこには「稼ぎのいい男を捕まえて、若いうちに結婚しなきゃ幸せになれない」という考えをもつ父親の影響や、回復する見込みのない母を介護する日々という、様々な要因も折り重なっている。

 けれどあるとき友人の一人から「ネックレスではなく指輪だったらどうか」と問われ、都ははっとする。「都さんが持っている不安は、貫一さんの将来じゃなくて、自分への不安じゃないですか」。――自分の不足を埋めるための恋は、脆い。自分ひとりの重みを、支えるだけの足場をもたない限りは。貫一との未来を考えれば考えるほど、どんどん脆く、弱くなっていく都は、けれど同時に、その脆さ・弱さをカバーするための強さをも手に入れようともがきはじめる。その歩みは、傍から見れば小さくて、まどろっこしいかもしれないけれど、それも含めて恋であり人生なのだと、見守る気持ちで読んでしまう。だって私たちもみな、都と同じように、自転しながら公転しているのだから。

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■西崎憲『本の幽霊』

 日本で怪談といえば夏の風物詩だけど、幽霊と聞いてしんしんと雪の降り積もるクリスマスを思い浮かべてしまうのは『クリスマスキャロル』の影響かもしれない。明るく暖かい火のともる裏側で、重たい鎖を引きずりながら孤独にさまよう幽霊。そんなさみしくて切ない情景に、この本が静かに重なった。

 収録されているのは、本にまつわる5つの短編。たとえば〈夏のあいだはその窓を開けてはならない〉という印象的な一文の記された翻訳小説。どこからきて、どこへ行ってしまったのか、誰も知ることのない本の幽霊を描いた表題作。ある条件がそろったときにだけ、スターバックスの窓の外に、北にあるどこかの街にある風景が浮かび上がる「あかるい冬の窓」。10人の参加者が、ある小説の配役に従って朗読しながら街を歩く不思議な朗読会を描いた「ふゆのほん」……。

 どれも幻想的で、とらえどころのない、不思議な感触のするものばかり。けっきょくどういうことなの? なんて野暮なことは言いっこなしだ。その余韻を味わい、情景を想像して、静謐な孤独を味わうための一冊だと思う。造本も美しく、書棚にさせば、「本の幽霊」がたわむれに紛れ込んだかのような気にもさせられる。自分の手元に置いておくだけでなく、本好きの友人へのクリスマスプレゼントにも最適だ。

文=立花もも

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